第9話 ひとりになりたい
次の日から、本格的に明寿の高校生活が始まった。休み時間になると、昨日とは打って変わってクラスメイトが明寿の元に詰めかける。
「白石君、部活はどうするの?」
「白石、わからないことがあったら、何でも聞けよ」
「白石さ、前の高校はどうだった?彼女はいた?」
高校で季節外れの転校生は珍しいようだ。昨日の初日は様子見だったのか、今日になってクラスメイトが一斉に明寿に質問責めにする。いまだに病院から与えられた【白石流星(しらいしりゅうせい)】という名前に慣れることが出来ない。明寿はあいまいにほほ笑みながら、クラスメイト達の質問にどう回答するか考える。
(【新百寿人】だと知られたくはないけど、嘘の経歴を言うのもはばかられる)
「お前ら、一度にそんなに質問したら、白石が困るだろう?部活については俺と同じ野球部に入るって昨日、白石と話したんだよ。白石、わからないことは俺に聞いてくれればいいぞ。席も近いし聞きやすいだろ。それと、前の高校なんて聞いても仕方ないことだ。もう、白石は【新寿(しんじゅ)学園】の一員だ。彼女はいない、昨日はそう聞いていたけど?」
「ま、まあ」
明寿がクラスメイトの質問の回答に悩んでいる間に、前の席に座る甲斐が勝手に答えていく。明寿は甲斐に答えて欲しいと頼んでいない。しかも、事実とは異なることを平気で口にしていくことに明寿は困惑する。
(昨日が初対面のはずなのに、妙に馴れ馴れしいな)
昨日の夜の来訪といい、明寿が【新百寿人】で興味を持っているのはわかった。だからと言って、この行動が許されるわけがない。しかし、どう伝えたら甲斐に伝わるのか考えてもうまい言葉が浮かばない。
「ええ、甲斐、お前ばっかり白石と親しくしてずるいぞ」
「お前って、いつもそうだよな。コミュ力お化けかよ」
「彼女はいなかったんだ」
質問した相手が答えなかったのに、クラスメイト達は気にすることなく、甲斐の言葉に反論している。どうやら、甲斐という男はクラスの中心人物らしい。どうしてこんなに身勝手な人間が好かれているのか明寿には理解できない。今時の若者の思考がおかしいのか、明寿の思考が古いままなのか。わからないが、平穏な高校生活を送るためには、とりあえず彼らのノリについていけるよう努力していくしかない。
(甲斐君には何とかして、私に必要以上に構うなと伝えなくては)
そう思いつつも、何も言えずに午前中の授業が終了した。
「白石、一緒に昼食を食べ」
「お断りさせていただきます」
4時間目が終わり、昼休みに入ると甲斐が後ろを振り返る。休み時間にクラスメイトに捕まって精神的にとても疲れた明寿は、昼休みこそはひとりで過ごそうと決意した。
明寿は甲斐の誘いの言葉を最後まで聞かずに席を立つ。クラスメイトともに甲斐という男もずっと明寿のそばにいた。席が前なので仕方のないことだが、それ以上の引っ付き具合だった。出会って二日の人間にこうも張り付かれるのは不快だ。
(どこかの空き教室で、ひとりでゆっくり過ごしたい)
明寿はお弁当が入ったカバンを持って教室を出る。教室を出て後ろを振り返ると、追いかけてこようとした甲斐が、クラスメイトに捕まっていた。甲斐の突き刺さる視線が痛かったが、無視する。明寿はひとりで静かに昼食を取れる場所を探すことにした。
「ここにしようかな」
明寿のクラスがある2階に空き教室はあったが、同じ階の空き教室にはほかの生徒が来る可能性があった。そのため、明寿は階段を上り最上階の4階で空き教室を探していた。
そこで見つけた適当な空き教室で、明寿は昼食をとることにした。すこし埃っぽいことが気になったが、昼休みにわざわざ4階まで上がってくる人間は少ないだろう。机が置いてあったので、埃を手で払いその上にお弁当が入った袋を置く。近くにあった椅子を持ってきて腰を下ろし、ようやくほっとできる。
(ひとりでいる時間に安らぎを感じるとは思わなかった)
人生、なにがあるのかわからないものだ。高齢者施設にいたときは、同じ入所者やスタッフの人たちの囲まれて楽しかった。ひとりの時間を欲したことは無かった。妻がいなくなってからは特に、大人数に囲まれていた時の方が落ち着いた。
「文江さん、あなたは今、どこに居るのでしょうね。できれば、もう一度会いたいです」
彼女もまた、明寿と同じように若い身体で新たな生活を送っているのだろう。もし、運命的に出会えたら。
(そうは言っても、記憶がない状態で出会って、私は正気で居られるだろうか)
高校生の身体になっても、顔の造形が変わることはなかった。鏡の中の明寿は、昔の若いころの姿にそっくりだった。だとしたら、明寿の妻も、若いころの妻の姿になっているはずだ。明寿は【新百寿人】となった妻を一目見ればわかる自信があった。
「先客がいたなんて、驚きだわ」
弁当箱を広げて物思いにふけっていたら、不意に声をかけられる。誰もいない空き教室で油断していたらしい。教室の扉は開けられたままで、そこには見知らぬ生徒が立っていた。
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