第13話 自分以外の……

「おい、今日もまた教室にいなかったが、いったい、どこに行っていたんだよ」


 明寿が教室に戻ると、昨日と同様に不機嫌そうな甲斐が絡んでくる。どうして、そこまで明寿のことを気にするのだろうか。昨日と今日で甲斐とクラスメイトの関係を見ていたが、明寿のことを構わなくても、甲斐は十分クラスの中になじんでいる。【新百寿人】であること以外に明寿に面白味はない。


(さっさと【新百寿人】ではないことを証明しよう)


 甲斐がまとわりつかなくなるには、今のところその方法しかない。


「甲斐君は、三年生の【高梨恵美里】という先輩のことはご存じですか?」


「いきなりなんだよ。もしかして、そいつと会うために、俺と一緒にお昼を食べなかったのか?」


 【新百寿人】の件は置いておくとして、明寿は甲斐に高梨のことを聞いてみることにした。三年生だとは言え、もしかしたら有名人かもしれない。後輩から見た高梨はどのような人物か興味があった。


 面倒な駆け引きは昔から苦手だ。明寿はさっそく疑問に思ったことを甲斐に質問する。突然の質問に甲斐は戸惑っていたが、すぐに考え込むようにあごに手を当てて目を閉じる。


「それに答えたら、俺と明日から一緒にお昼を過ごすのか?」


「質問を質問で返さないで欲しい。答えたからと言って約束はできない。まあ、返答次第では考えなくもない」


 ふうん。


 甲斐は高梨のことを何か知っているようだが、明寿に話すことは無かった。タイミング悪く、昼休み終わりのチャイムが教室内に鳴り響く。


「お、チャイムが鳴ったな。この話はまた放課後、白石の部屋で話そうぜ」


 放課後は高梨からもらったノートを読みたいのに、勝手な約束を取り付けないで欲しい。明寿は甲斐の言葉を無視して授業の準備を始めた。甲斐も恨みがましい視線を送りながらも、自分の机に向き直って、午後の授業に備えた。



「どうやって甲斐君の誘いを断ろうか」


 午後の授業はそればかり考えていて集中することが出来なかった。授業中、明寿が教室をこっそり見渡すと、クラスメイトの大半は部活や宿題で忙しかったのか、机に伏していた。


 誘いの断り文句を考えながらも、明寿は授業を聞こうと努力した。


(勉強に関しては、ほとんど忘れているから、新たに勉強している気分だ)


明寿が高校に通っていたのは80年近く前になる。そのため、もし覚えていたとしても、その長い年月の間に授業内容は変わっているだろう。新たな発見もあるし、昔は正解だと思われていた理論もいつの間にか、新たな理論に置き換わっていた。



「そういえば、甲斐君は部活に行かなくていいのですか?」


 ようやく午後の授業が終わり、明寿は帰宅の支度をしていて、ふと疑問に思ったとを甲斐に質問する部活は現在、原則として18時までとなっている。運動部は、夏の大会に向けて練習が大変になっているとクラスメイトが愚痴をこぼしていた。


「俺の部活が気になるのか?」


「部活があるのに、わざわざ放課後、私との時間を作らなくてもいいのかなと」


 甲斐が入部している部活がどんな部でも構わないが、それを理由に断ることが出来たらラッキーだと思った。


「白石のいう通り、俺は野球部のエースだから部活に行かなくちゃいけない。そんな俺が白石との時間を優先しようとしているんだ。光栄に思えよ!」


 ずいぶんと都合の良い解釈をしていてあきれてしまう。エースというのなら、部活を優先したほうがいい。そう思いながらも、明寿は部活のことであることを思い出す。


「そ、そういえば、私も部活に入らなくてはいけないのでした。小学校も、中学校も野球はやったことがないので、他の部活にしようかと思います。ですので、今日は文化部を中心に見学に行く予定がありました」


一年生は部活に参加する義務があった。そのため、明寿もどこかの部活に所属する必要があった。


(適当な文化部にでも入って、放課後はゆっくりと過ごしたい)


 授業以外で生徒と関わりたくはない。部活を探すというのは甲斐の誘いを断る口実だったが、実際に文化部を見て回るのは良いかもしれない。


「文化部ねえ。まあいいや。どのみち、白石って野球部のイメージなかったから。部活の話はこれで終わり!」


 明寿と甲斐が話している間も、放課後は部活に向かう生徒が大半のため、クラスメイトは慌ただしく教室を出ていき、教室から人は減っていく。このままだと教室には明寿と甲斐だけが残りそうだ。


「お前、自分以外の【新百寿人】の情報は知りたいだろう?」


「み、耳元で話すな」


 甲斐は、はあと大きな溜息を吐いて一度目を閉じる。自分の感情を抑えているように見えた。目を開けたクラスメイトは、真剣な表情で明寿に耳元でささやいた。


「ということだから、部活が終わったらまた、お前の家に行くから」


 話したいことはそれだけだと、先ほどまでの真剣な表情を引っ込めて、にやりと笑った甲斐はそのまま荷物をもって教室を出ていく。残された明寿は耳を抑えて、甲斐の言葉について考える。


 自分以外の【新百寿人】。


 今のところ、明寿の知り合いで【新百寿人】である人間は高梨しかいない。身近に【新百寿人】がほかにいるのだろうか。


 いつの間にか、教室には明寿だけが残されていた。はっと我に返った明寿は周りに誰もいないことに気づき、慌てて荷物をもって教室を出る。


(まあ、とりあえず今は文化部の見学が先だな)


 明寿はいったん、職員室に向かい、担任に文化部の種類を聞くことにした。


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