第47話 最期の会話
佐戸に電話をしたのは夜8時。それから時刻は進み、今は夜10時を回った頃だ。このまま12時になり、ひとり寂しく100歳の誕生日を迎え、新たな【新百寿人】として生まれ変わると思うと憂鬱になる。
「ピンポーン」
そんな中、突然、インターホンが明寿の部屋に鳴り響く。こんな時間に来客など、普段ならありえない。そもそも、夜中以外にも明寿の元を訪ねる人間はいない。明らかに怪しいが、明寿は重い身体を起こして玄関に向かった。
「ハイ、どちら様でしょうか」
『夜分遅くに申し訳ありません。こちらから連絡しても良かったのですが、せっかく自由な人生を歩んでいるのに、私がでしゃばるのもどうかと思いまして』
インターホンがないので、玄関のドアを開けて直接来訪者を確認すると、そこに立っていたのは佐戸だった。しかし、明寿よりもずっと若く、最後に病院で見た姿と同じ姿のままだった。
「お、お久しぶりです。さ、佐戸さん、ですよね?」
「そうです。中に入れていただいてもよろしいですか」
「は、はい、狭い部屋ですが」
佐戸の言葉に我に返り、慌てて部屋に案内する。佐戸は別れた時と同じように、明寿と会っていなかった期間がなかったかのように、軽い口調で話しかけてきた。困惑した明寿だったが、それでも知り合いに会えたことに安心して、涙腺が崩壊してしまう。
「おやおや、私に会えてそんなにうれしいですか?パートナーは作られなかったんですね」
「ま、まあ」
「おひとりでずっと頑張られてきたんですね」
「あ、ありがとう、ご、ござい、ます」
佐戸はいきなり泣き出した明寿を見ても、特に驚くことはなく労いの言葉をくれた。その言葉だけで明寿は、今までの辛さが半減される気がした。
部屋に案内した明寿は、お茶を出そうとキッチンに向かうが佐戸に止められる。狭いアパートでキッチンともう一部屋あるのみの簡素な部屋割りで、明寿と佐戸は部屋の中央にある丸テーブルに向かい合わせに床に座った。
「間に合ってよかったです。せっかく得た貴重な話し相手なのですから、最期にまた少し話せたらと思いまして」
「さ、佐戸さんは」
どうして年を取っていないのですか。
口にしようとしたが、佐戸の言葉に遮られる。佐戸は明寿の心を見透かしたように話し始めた。
「この見た目、気になりますよね?実は、佐戸としての人生もまた100歳の大往生を果たしまして、再び【新百寿人】として新たな人生を歩んでいる最中なんです。今は佐戸ではなく、伏見(ふしみ)と名乗っています」
「ふしみ、さん」
「何の因果か、此度もまた、記憶が残っていましてね。その時に真っ先に思い出したのが明寿君です」
にこりとほほ笑んだ佐戸は、明寿の記憶の中の佐戸の姿と同じでかなりの違和感だった。最後に会ってから75年。明寿は時を刻み、100歳の大往生を迎えようとしているのに対し、佐戸、今は伏見と名乗る人物は、見た目が75年前と寸分変わらない姿だ。しかし【新百寿人】として生まれ変わったのなら、その違和感にも納得だ。
「恐らく、今までの流れからすると、明寿君は明日、誕生日を迎えることで、2度目の【新百寿人】として生まれ変わると思います」
佐戸に言われた言葉に対して、明寿は大した驚きはなかった。
(ああ、私はまた、新たに生まれ変わるのか)
「どうして、私たちは記憶を持ち続けて生まれ変わるのでしょうか」
明寿は自然と疑問を口にしていた。一般の100歳を迎えた人間が【新百寿人】として生まれ変わっても記憶を失っている。記憶を持ち続けている【新百寿人】には、佐戸以外で会うことはなかった。
「では、一緒にその理由を探ってみますか?」
「はあ」
「私と同じ、生前の記憶を有している人間に会ったのは、長い間生きていて、明寿君が初めてです。きっと私たちが記憶を持って生き続けていることには理由があります。それを一緒に探しませんか?」
「研究では、私たち以外にもいるらしいですけど」
「はて、それが本当なのかどうかは怪しいですね」
明寿を見つめる佐戸は真剣な表情で、嘘を言っているとは思えなかった。
佐戸は明寿に新たな生きる意味をくれた。明寿にとって、最愛の妻がいないこの世に生きることに理由などなかった。しかし、自分たちの子孫を見守るという理由ができた。そしてそれを実行できたのは佐戸のおかげだと言ってもいい。
佐戸にはお世話になりっぱなしだ。だからこそ、今回の誘いにはぜひ応じたい。とはいえ、理由など探して見つかるものだろうか。
(自分みたいな人間はいない方がよい。だったら、いっそのこと……)
(いや、それはダメだ。それだと彼と同じになってしまう)
頭に浮かんだ考えを即座に否定する。明寿にとっては良い考えだが、佐戸は違うだろう。
「人殺しはあまりお勧めしません。私も人殺しはしたくありません」
「なにも言っていませんけどね」
佐戸には明寿の心のうちはお見通しのようだった。
「佐戸さんは……」
自ら命を絶とうと思ったことはなかったのか。
佐戸にその質問することはなかった。明寿よりも長く生きていて、さらには何度も【新百寿人】として生まれ変わり、記憶を保ち続けている佐戸は、明寿よりもつらい経験も多いだろう。
しかし、今こうして目の前で明寿と話しているということは、そういうことだ。心の中で思ったことはあっても、実行に移していないのだ。あるいは、実行したのかもしれないが未遂に終わっている。どちらにせよ、今生きているということが重要だ。
「私も佐戸さんのように生きられるでしょうか……」
「どうでしょうね。別に私のように生きなくてはいけないということはないですよ。明寿君は明寿君らしく生きていけばいいのではないでしょうか。まあ、次も記憶をもって生まれ変われるとは限りませんが」
「ははは、それはそうですね。でも、私は佐戸さんと同じように、次もそのまま記憶を持ったまま生まれ変わる気がします。そろそろ、お迎えが来たかもしれないです」
佐戸と話していたら、自分の年齢をすっかり忘れていた。自分の秘密を知る相手と話すことができたのだ。浮かれてしまうのは仕方ないことだ。とはいえ、今日は100歳の誕生日前日で、数時間後には日付が変わる。そして、新たな人生が始まる門出の日を迎えることになる。
「ああ、もう、そんな時刻ですね」
「私の身体は、佐戸さんが看取ってくれるんですか」
「まあ、そういうことになりますね。一応、私は【新百寿人】の管理を任されている人間でもありますから」
「じゃあ、安心ですね。次に目を覚ました時は、よろしくお願いしますね」
明寿は急に眠気を感じて目をこする。時計を見ると、夜の11時59分を指していた。いつもなら既に布団に入っているころだ。佐戸に許可を取り布団に入る。
「おやすみなさい」
佐戸が明寿の頭をなでてくれるので、それに甘んじて目を閉じる。頭を撫でられながら寝るなんて何年ぶりのことだろう。佐戸の手の温度に安心して、明寿は目を閉じた。
「記憶が戻らないことを祈りますよ」
ぼそりとつぶやかれた佐戸の言葉は明寿に届くことはなかった。
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