第46話 二度目の人生

 人間には寿命がある。100歳まで生きることができたら【新百寿人】として生まれ変わり、死から遠ざかり新たな人生が幕を開ける。


 とはいえ、100歳まで生きることができる人は限られている。当然、明寿の身内たちも亡くなっていく。


 明寿には娘が2人いた。彼女達は家が近かったため、一度に2人の様子を確認することができた。


 明寿が彼女の家の近くに引っ越してちょうど1年後、長女が亡くなった。亨年80。明寿の予想ではまだまだ長生きしそうだと思っていた矢先のことだった。ひとり暮らしをしていて、家には孫が出入りしているのを見たことがあった。こんなに早く亡くなるとは思わず、自分よりも先に子供が亡くなったことに驚きと悲しみが押し寄せる。


 しかし、長女が亡くなったことを知っても、明寿が葬式に参加することはなかった。明寿が葬式に参加したところで、誰も明寿だと気付かないだろう。そして、最悪の場合、部外者として追い出されてしまうかもしれないからだ。


(身内の葬式に出られないのはつらい。でも)


【新百寿人】として生きることはない。


 娘が自分より早く亡くなってしまったことは悲しいが、同時に明寿にとっては、自分の子供が100歳になるまで生きなかったことに安どしていた。明寿のように、【新百寿人】に若返って新たな人生を送ることを強いられることがないからだ。もし、明寿のように記憶をもって【新百寿人】になってしまったらと思うと、ぞっとする。彼女たちに明寿のような目にあって欲しくなかった。


 長女の死を見届けて、明寿は孫たちが暮らす場所に引っ越しを決める。次女も1人暮らしをしていたが、長女の死をきっかけに施設に入所することが決まったらしい。葬式が終わった1か月後、次女は施設に行ってしまった。


 そのため、明寿がこの場所にとどまる理由はない。次女の最期を見届けるために施設近くに引っ越しても良かったが、身内の死を見届けるのは悲しいものがある。


 佐戸の情報によると、明寿の孫は3人とのことだった。とりあえず、まずは彼らの現状を把握するために各地を回った。そして、一番年上の孫の家の近くに住居を移すことにした。明寿はしばらく孫の家の近くに住むことにした。




(ああ、2度目の人生もまた、100歳まで生きてしまった)


 孫の様子を陰ながら見守っていたが、【新百寿人】として生まれ変わった明寿よりも孫の年齢の方が上になる。明寿が25歳の時に、一番年上の孫は50歳。そのため、孫の方が早く亡くなるのは仕方のないことだ。その下が48歳。一番下の孫も42歳で明寿の今の年齢との差は17歳差だ。


 結局、明寿は3人の孫たちの最期を見届けることになってしまった。まさか、自分が孫たちの最後まで見届ける羽目になるとは。長女のこともあったので、彼らの様子を見守るだけがよかった。彼らの方が明寿より長生きしてくれたらと願っていたが無理だった。


 しかし、彼らは皆、100歳を待たずに亡くなったので、明寿のように【新百寿人】として生まれ変わる身内はいなかった。それだけは不幸中の幸いだった。


 一番下の孫の最期を見届けた明寿は、次にひ孫の近くに引っ越して、陰ながら様子を見守りながら生活していた。


 そんな明寿の年齢は100歳を迎えようとしていた。100歳の誕生日を迎える前日、明寿は今までの白石流星の人生を振り返っていた。


 記憶が残ったまま、若返ってしまい【新百寿人】として新たな人生を歩むことになった。最愛の妻が【新百寿人】として生きていて、高校で運命的に出会えた。そんな彼女が明寿の同級生に自殺に追い込まれ、亡くなった。そこから明寿の復讐が始まり、その間にひ孫である荒島という教師に出会って、みだらな関係になった。


 その後も様々なことがあった。高校は退学することになり、そこから10年、佐戸という人物の助手として新たな【新百寿人】の世話をした。その後、自分の身内の最期を見届けることになった。


「たくさんの人に会ったけど、結局、二度目の人生も私が愛したのは、文江さん、あなただけだった」


 今までを振り返りながらも、明寿は妻だった文江のことを考えていた。【新百寿人】が結婚して、新たな家族を作ってはいけない法律はない。きっと、明寿以外の【新百寿人】は、記憶を失い、新たな人生を過ごすうちに、最愛のパートナーを新たに見つける人もいるだろう。結婚して子供を作り、温かな家庭を築いているかもしれない。しかし、明寿は100歳を迎えようとする今日まで、恋人やパートナーを作ることはなかった。


 【新百寿人】として生きてきた間、100歳の誕生日を迎えようとしている今も、ずっとひとり暮らしを続けていた。明寿の100歳の誕生日を祝ってくれる相手は誰もいない。


(でも、さすがに一人は寂しいな)


 最初の人生では、高齢者施設でたくさんの人に囲まれた最期を過ごした。それが今ではひとりぼっち。その落差に乾いた笑いが込みあげる。


 引っ越しを続けていて、仕事も転々としていたので親しい人間はいない。そもそも、【新百寿人】がばれるのを恐れ、人間関係を深く築こうとは思えなかった。ひとりになってしまうのも当然のことだった。


 それでも、明寿は一塁の望みをかけて、ひとりの人間に電話をかけることにした。


『現在、この電話番号は使われておりません』


 しかし、無情にも明寿の望みはかき消えた。教えてもらった電話番号は使用されておらず、連絡を取ることは叶わなかった。


 スマホの黒い画面を見て、明寿は苦笑する。スマホを握った手を見ると、年齢が刻まれたしわしわの手が見えた。


 唯一、明寿の秘密を知り、お互いのことを話しあえる相手で思いついたのが佐戸だった。しかし、よく考えたら彼もまた人間であり、年を取っていく。明寿が100歳を迎えるというのなら、彼もまたそれ以上に年を取っているはずだ。


(私が高校生の時に、佐戸さんは確か20代後半から30代前半だったから……)


 明寿と10歳以上離れていたとすると、既にこの世にいないだろう。人間の寿命は110歳程度とされている。しかし【新百寿人】の登場で人間の寿命は100歳までとなった。


 佐戸が生きている可能性として考えられるのは一つ。


「佐戸さんがまた【新百寿人】として生まれ変わっているのなら……」


 連絡先もわからないのに、会えるなどありえない。しかも、明寿は既に100歳の誕生日を迎えようとしている。


「2度目の人生の最期はひとりで過ごすことになるのか……」


 夜、ひとりでベッドに横たわりながら、明寿はぼそりとつぶやく。家賃の関係で、今住んでいるアパートの壁は薄く、外で走る車の音や隣の部屋の音がよく響く。季節は4月を迎え、春になっても寒い日が続いていた。

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