第32話 調査報告

 高梨が亡くなってから二週間が過ぎた。あれから、明寿は毎日のように荒島と放課後、補習という名の親密な時間を過ごしていた。部活がある日は、わざわざ視聴覚室まで休みの連絡を入れてから、教科準備室に向かっていた。部長たちには不審な目を向けられたが、明寿は無視してただ休むと言って部活を休んだ。


「今度は荒島先生にご執心か。白石の愛はそんなに簡単に相手を変えられるのか」


「いびつな正義感を持つより、ましだろう?」


 甲斐を見ると、明寿は殺したい衝動に駆られる。それでも、この後の復讐を考えて怒りを抑えていた。クラスで話し掛けてきても、冷静さを装ってたわいない会話をする。高梨が亡くなって以降、新たな犠牲者はいないが甲斐が相手を物色しているだけだろう。明寿にほかの【新百寿人】の自殺を止める義理はない。ただ、甲斐が苦しむ姿を見るために行動するだけだ。



「白石です」


『流星君、二週間ぶりですね。元気でしたか?いや、この声は……。もしかして、あなた先ほどまで不純異性交遊を』


「さっさと用件を言ってください。あれから二週間経っていますけど、わかったんですよね?」


『連絡が遅れてすみません。本業の方が忙しくて……。でも、きっちりと調べましたよ。流星君が言っていた通り、彼には年上の恋人がいるようです』


 時間はあっという間に過ぎて7月になり、もうすぐ夏休みに入る。明寿が頼んだ依頼は一週間ほどで連絡が来るはずだったが、連絡がきたのは二週間後で、明寿は相談相手にいらだちを隠せない。


 荒島と親密な時間を過ごして、マンションに帰るとスマホに不在通知が入ったので連絡をしたら、ようやくの報告だった。約束の一週間をとうに過ぎていたので、こちらから電話しようと思っていたが、その必要はなくなった。相手は明寿の苛立ち交じりの声を気にすることなく話を続ける。


『その年上の彼女の名前は清水巴菜(しみずはな)、20歳。高校はなんとか卒業したみたいですが、その後は定職につかず、アルバイトを転々としているみたいです。今はファミレスでバイトをしているようですよ。そこで彼に一目ぼれされて、付き合うことになったみたいです。まあ、ここまではよくある男女の出会いというわけですが、面白いのはここからです。この女性、なんとなんと!』


(連絡はありがたいが)


 話を聞きながら、明寿は電話の最初で相手が明寿に放った言葉の意味を考える。明寿は電話の相手に荒島のことは一言も話していない。そもそも、電話の相手とは最近会っていないのに、どうして明寿が不純異性交遊をしているとわかったのだろうか。今日の放課後もまた、当然のように荒島と一緒に過ごしているが声も枯れていないし、のどに違和感があるわけでもない。カマかけのつもりかもしれないが、油断しない方がよいだろう。


 とはいえ、明寿は荒島との関係を相手に話すつもりはなかったし、相手も明寿の人間関係に口を挟む気はないらしい。向こうが追及してこないのなら、明寿から口を開くこともない。明寿は黙って、相手からの情報に耳を傾けることにした。


『ちょっと、聞いていますか流星君』


「聞いていますよ。それで、その彼女がどうしたんですか?」


 相手は明寿の知らない名前を口にしたが、どうやら彼女には何か秘密があるようだ。明寿にはそれがわからないので、首をかしげるしかない。


『まったく、人間の縁というものは不思議ですねえ。まさか、調べていたらこんなこともあるんですね』


「知り合いなのですか?」


『いえいえ、私は直接彼女に会ったことはありません。ですが、彼女に高校生以前の記憶がなく、過去に自殺未遂をしています』


 記憶喪失に自殺未遂。


「【新百寿人】ということですか」


『ご名答。これだけの言葉でよくわかりましたね。それで、彼女をどうするおつもりですか?同じ【新百寿人】の流星君は」


「実際に会ってからから考えます」


 ただ、甲斐の最愛の恋人を殺すだけでは物足りない。もっと記憶に残る残虐な方法を取らなければ気が済まない。


『それがよいでしょうね。ちなみに優秀な私は、彼女を流星君の学校に送り込むことに成功しました。週明けにでも、彼女があなたの学校にやってくるでしょう』


 学校に甲斐の最愛の人がやってくる。


「そんなことが可能なのですか?」


 相談相手に選んだのは、単純に【新百寿人】の情報を一番多く持っていると思ったからだ。まさか、明寿のためにそこまでしてくれるとは。しかし、甘い話には裏がある。相談した相手が明寿に求めるものは何だろうか。


『可能ですよ。そもそも、私を誰だと思っているんですか。まあ、流星君もわかっていると思いますが、私はただでは動きませんよ』


「私に何をして欲しいんですか?」


『賢い人は話が早くて助かります。復讐が終わったら、私の……になりませんか』



 電話を終えた明寿は、大きな溜息を吐く。相手は明寿に求めたことは予想外のことだったが、叶えられないことではない。とはいえ、明寿を求める意味がわからない。


「まあ、甲斐の奴を始末してから考えればいいことです」


 7月に入ってしまい、すぐに夏休みがやってくる。もたもたしている時間はない。幸いにして、清水という女性は週明けに学校にやってくることになっている。


(期限は夏休みが始まるまでの二週間。短気決戦になる)


 夏休みに入る前に決着はつけたい。すべてのけりをつけたうえで、夏休みは自由に過ごしたい。


 目には目を。歯には歯を。


 明寿が味わった喪失感や絶望感を甲斐にも経験してさせてやる。


『電話では伝えにくい情報をまとめた資料を送ります。どうぞ、自由に使ってください』


 スマホが振動して、明寿宛に一通のメールが届く。先ほどの電話の相手が彼女の資料をメールに添付してくれたようだ。


 資料によると、彼女は学校の事務員として働くようだ。事務員と生徒とのかかわりは少ないが、それでも学校に来てくれたのならその縁を十分に活かしたい。


「荒島先生も利用できるかもしれないな」


 明寿はスマホを閉じてベッドにダイブする。天井を見上げて思わず笑ってしまう。この後の計画を立てながら、自分の非道さにあきれてしまう。


(すべては甲斐が悪いから、仕方ない)


 目を閉じると、急に眠気が襲ってくる。このまま寝てしまったら、夕食も風呂も宿題も何もできないままになってしまう。明寿は重い身体を起こして夕食の準備を始めた。

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