第33話 事務員
『流星君のターゲットを学校の事務員として派遣することにしました。教員免許がいらないので、問題なく高校に入れることができました。来週の月曜日からの勤務になります』
『清水巴菜(しみずはな)、24歳。基本的に職員室での勤務が多いので、接触するのは流星君の手腕にかかっていますよ。頑張ってくださいね』
『ちなみに彼女がこの高校に来た理由は、事務員として働いていた前任者が体調不良でいきなり休職となってしまい、その代わりとして派遣された、ということになっています』
電話で情報を受けた翌週の月曜日、さっそく明寿の高校に新たな事務員がやってきた。とはいえ、事務員は生徒と直接かかわりがないので、生徒たちに紹介されることはない。
明寿が放課後、荒島との逢瀬の前に職員室に顔を出すと、見知らぬ女性が部屋の奥で仕事をしていた。事前にもらっていた資料に載っていた女性の写真と一致している。彼女が新たに派遣された清水という事務員だろう。
清水という女性は病的に白い肌で目にはクマがあり、資料に記載された年齢の24歳よりも年上に見えた。甲斐との仲がうまくいっていないのだろうか。
(教師ではない相手と、どうやって接触すればいいか)
見た目が不健康そうだとしても、明寿には関係ない。ただ、彼女が甲斐の恋人だという事実だけが重要だ。
直接、明寿が彼女に声をかけることはできない。授業を持たない事務員に何の用事かと、周りの教師や彼女本人に不審がられてしまう。他の先生に仲介役を頼もうにも、理由が見つからない。甲斐の恋人を高校に連れてきてもらったはいいが、その後のことを明寿は悩んでいた。
「誰を探しているのかな?」
「いえ、大丈夫です。職員室にいなかったので、他を探してみます」
職員室を覗いていたら、部屋の手前の机で仕事をしていた男性教師に声をかけられた。明寿は適当にごまかして、職員室を出て荒島が待つ準備室に向かった。
職員室で清水の顔を確認した明寿は、いつものように教科準備室で荒島先生と乱れた関係を築いていた。
「今日の流星君、私とヤッテルとき、上の空みたいだったけど、何かあった?」
生徒の帰宅時間が迫り、帰宅準備をしていると、荒島が不機嫌さを隠さない声で明寿に話し掛ける。荒島の言葉に焦るが、表情に出すことはない。
「ああ、わかりますか。すいません、友達の恋がどうやってもうまくいきそうになかったので、可哀想だなって考えていて」
冷静に荒島の機嫌を損ねないように返事する。行為の最中、明寿は新しくやってきた事務員の清水との接触方法を考えていた。
正直に言って、まったく良い案が思いつかずお手上げ状態だ。もし、清水という女性が先生としてやってきたら、今の荒島のように簡単に身体の関係に発展できた。
「友達の恋?誰が誰に恋をしているのかな」
「エエト」
荒島は明寿の話に興味を持ったようで、先ほどの不機嫌さが嘘のように興味津々の様子で明寿に詰め寄る。
明寿は制服のカッターのボタンを留めながら、荒島のはだけた胸元に視線を向ける。荒島に甲斐の復讐の件は話せない。一度目を閉じて、大げさにため息を吐く。目を開けた明寿の表情は友達を心配する高校生にしか見えない。明寿はいかにも真実であるかのように、友達の恋について話していく。
「友達っていうのは、クラスメイトの甲斐君です。甲斐君は、私が転校してきた初日からよくしてもらっているので、少しは恩返しがしたいなって思っていまして。その彼に最近、恋人ができまして」
「甲斐君、ね」
「はい。その甲斐君の恋の相手が実は……」
ここで明寿は妙案を思いつく。この方法なら、荒島を介して清水と接触を図ることができる。
明寿は荒島の耳元でコッソリと今日、新たに入った事務員の名前を口にする。その名前を聞いた荒島はピンとこないのか首をかしげている。新しく来た事務員のことなど、気に留めていないのだろう。
「その清水、っていう事務員が甲斐君の好きな人なのね」
「そうみたいです。それで、荒島先生に頼むのもどうかと思うんですけど」
「彼の恋の手助けをして欲しいということ?」
「まあ、そういうことになります。甲斐君は清水さんを職員室で見かけて一目ぼれしたらしいです。教室でそのことを伝えられて……」
教師と生徒との恋愛も禁断の関係で、うまくいく可能性は低いし、関係がばれたら教師は処分されてしまう。とはいえ、教師とは授業などの接点も多いのでかかわりは多く、親密になるのは簡単だ。
ところが友達が恋したのは、先生でもない事務員の女性だ。接点もない年上の女性に対して、どうやって関係を築くことができるのか。
明寿は甲斐と清水の恋模様を熱く語った。荒島に彼らの恋を応援するという約束を取り付けることができれば、間接的に明寿も清水と関わることができる。ちらりと荒島の様子をうかがうと、あごに手を当てて考え込んでいる。もう一押しいける気がした。
「私と荒島先生とはいかないまでも、何とか友達の恋を応援してあげたいです!」
「清水、清水……。ああ、今日来た事務員の子か。一目ぼれするほどの容姿でもない気がするけど。まあ、病的に白いところとかは、はかなげで男心をくすぐるか。流星君は彼女のことをどう思ったの?やっぱり、ああいう系が男の子は好みなの?」
「私は」
荒島は独占欲が強い女性だった。ただでさえ、明寿と荒島は生徒と教師でばれたら大変なことになる。どう答えたら、この場を穏便に乗り切ることが出来るだろうか。
「トントン」
そこに扉がノックする音が聞こえた。明寿と荒島は慌てて自分たちの服装の乱れを直して深呼吸する。お互いに視線を合わせて、大丈夫だと確認する。荒島が扉の外の相手に声をかける。
「どうぞ、入っていいですよ」
「失礼します」
なんというタイミングだろうか。偶然にしては出来過ぎている。部屋に入ってきたのは先ほどまで話題にしていた甲斐の思い人で【新百寿人】、この学園の新たな事務員として派遣された清水だった。
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