第6話 突然の来客

 初日の授業が終わり、明寿は高校から歩いて15分ほどの場所にあるマンションの自分の部屋に帰宅した。いきなり自分のひ孫と同じような年齢の若者と過ごすのは、精神的にかなり疲れた。


 帰宅してすぐに寝室のベッドに倒れこむ。病院側が手配したのはひとり暮らし用のマンションだった。施設では個室を与えられてはいたが、日中はほかの入所者や介護スタッフと一緒に過ごすことが多く、ひとりになるのは夜だけだった。


(こんな年になってひとり暮らしをするとは思わなかった)


 制服のままベッドに仰向けに寝転がった明寿は天井を見上げる。これからは毎日、自分の力だけで生活していかなくてはならない。施設に入る前は妻が家事を行ってくれていた。とはいえ、妻に結婚する前までは大学の時からひとり暮らしをしていた。今と昔では勝手が違うが、問題はないだろう。


 目を閉じたらそのまま寝てしまいそうだったので、重い身体をベッドから起こして制服から佐戸が用意した部屋着に着替える。黒のTシャツに灰色のスウェット姿で明寿は夕食の準備をするためにキッチンに向かった。


「料理なんて作るのはいつぶりだろうか」


 高校に編入する前に佐戸と一緒に買い物に出かけ、そこで数日分の食料を買い込んでいた。冷蔵庫にある卵と野菜を取り出した。今日はオムレツとサラダを作ることにした。


(クラスにはなじめそうだが、学校の先生方とは)


 料理をしながら、明寿は編入するための挨拶を行うために高校に行った時のことを思い出す。




 病院から高校は車で20分ほどの距離にあり、明寿は佐戸に連れられて、編入する高校に向かった。事前に入学手続きは済ませられていたため、明寿はまず高校の校長と挨拶することになった。


「白石流星です」


「この子が新たな【新百寿人】ですね。ワカリマシタ」


「よろしくお願いします」


 校長室に案内された明寿と佐戸が席に着くと、すぐに50代後半の男性がやってきた。どうやら彼が校長らしい。明寿が名前を名乗ると、にこやかな笑顔を返された。


「あの、編入のための試験とかはしなくていいんですか?」


「あなた方の事情は知っております。記憶を失ってしまった方々にそのような無理はさせられません。簡単な学力調査は病院の方でしていただいていると聞いていますので、それを元に編入の手続きを進めています」


明寿は気になったことを質問すると、なぜか驚かれたがきちんと理由を説明してくれた。


「白石流星さん。ここはいじめがないと国からも認められた、生徒にとっても先生方にとっても素晴らしい高校です。高校卒業後にはきっと、この高校を卒業できたことを誇りに思うことが出来るはずです」


「流星君、校長先生もこうおっしゃっているから、安心して新たな高校生活を送るといい」


 明寿が返事をする暇なく、佐戸と二人は和やかに会話を進めていく。


「今回の子はずいぶんとしっかりしているね」


「そうでしょう。私もそう思いました」


 明寿は理事長と佐戸の会話を聞きながら、内心で苦笑いする。今まで100年近く生きてきたが、いじめがない高校など存在しない。きれいごとを言う校長だったが、それよりも明寿のことをまるで値踏みするような言葉が気になった。




「ピンポーン」


 こんな時間に誰だろうか。料理をしながら思いにふけっていた明寿は、慌ててIHコンロの電源を止めてインターホンで来客を確認する。


「はい」


 明寿はボタンを押して来客に対応する。インターホンの画面にはクラスメイトで、明寿の席の前に座っていた男子生徒が映っていた。


「遅い時間に悪いな。この部屋は担任に聞いた。ちょっと気になることがあってさ。部屋に上げてくれないか?」


クラスメイトの男子の来訪を明寿は迎え入れることにした。今朝の会話の内容が気になったし、何より二人きりで話せる。クラスに人がいる状態で話すよりも、心起きなく話すことが出来る。


 明寿の部屋にやってきたクラスメイトは部屋を物珍しそうに眺めていた。明寿がリビングに案内すると、勝手にソファにどっかりと腰を下ろす。


「ちょうど夕食の準備をしていたんだ。君は、夕食はどうしたの?」


「白石と食べようと思って、近くのコンビニで買ってきた。自炊するんだな」


 ずいぶんと自分勝手な高校生だと思いながらも、明寿はそのことは口にせず、代わりにクラスメイトが持ってきた白いビニール袋を受け取る。中には唐揚げ弁当が二つ入っていた。


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