第7話 高校生らしさ
「ありがとう。オムレツとサラダを作っていたんだけど、君も食べる?」
「食うよ。君って呼び方、なんだかよそよそしいな。名前、言わなかったか?」
ソファに座った甲斐の正面に明寿も腰を下ろす。
そういえば、男の名前を知らないことにようやく気付く。明寿が編入したのはGW(ゴールデンウィーク)明けだ。クラス内での自己紹介はすでに4月に終えている。明寿が転校生としてやってきても、わざわざクラス全体の自己紹介はなかった。
「言っていない、と思う」
「そうだったか?じゃあ、改めてオレの名前は甲斐忠行(かいただゆき)。部活は野球部に入った。よろしくな、【新百寿人】の白石君」
「【新百寿人】って決めつけは良くないと思う。甲斐君」
「でも、あいつに雰囲気が似ているんだよなあ。ああ、あいつっていうのは、オレの年上の恋人のこと。何か、オレのことで質問ある?ええと、好きな教科は体育、嫌いな教科は国語、好きな食べ物は……」
名前だけを教えてくれるだけでよいのに、甲斐と名乗ったクラスメイトは聞いてもいない自分のことを語りだす。とはいえ、相手からの情報は聞いておいて損はない。明寿は黙ってクラスメイトの気が済むまで話させることにした。途中の「年上の恋人」というのは気になったので、話の終わりを見計らって質問しようと思ったが。
「……ということで、俺の自己紹介をしたわけだけど、今度は白石のこと教えろよ。オレだけこんなに情報を与えているのに、聞くだけとかフェアじゃない」
勝手に自分のことを話していたのに、話し終えると今度は明寿に改めて自己紹介しろと迫られた。しかし、明寿がそれに応える義理はない。
「それは無理。甲斐君が勝手に自分のことを話しただけでしょう?それより、私に似ているという、年上の恋人が気になったのですが」
「清水のことか。そのまんまの意味だよ。お前もあいつも、どこか達観したような、実年齢にしては老けた雰囲気が似ているなって。でも、あいつと違って、白石は現実に向き合っている気がする」
「当たり前でしょう?私には」
普通の【新百寿人】と違って、いままでの記憶がある。
そう言い切ってしまうのは簡単だ。しかし、明寿が実際に口にすることは無かった。明寿には100歳までの記憶がある。とはいえ、今の身体になってからの記憶ではない。この高校生の身体に見合った記憶と言われたら、違うと断言できる。
「その話し方、似合わないからやめたほうがいいと思うぞ。それで、私には、なんだって?何があるんだよ」
「何でもないよ。とにかく、私という一人称だっていいだろう?こっちの方がしっくりくるんだよ。甲斐君、せっかく持ってきてもらった唐揚げ弁当を温めてくるよ。それと、私が作ったオムレツとサラダも用意するね」
この辺で話を切り上げたほうが無難だ。甲斐という男が明寿を【新百寿人】だと疑っている以上、下手なことを言うのはまずい。明寿が【新百寿人】という情報は高校の校長と病院の人間しか知らない。
せっかく秘密にしてもらっているのに、目の前の男が明寿のことを【新百寿人】であると噂を流されては困る。とりあえず、話をそらして、その間に何とかして自分が一般の高校生だと説得しなくてはならない。
「話をはぐらかそうとしても無駄だ。普通、こんな時期に転校してこない。さらには転校理由も担任は言わなかった。変だと思うだろう?」
「だからと言って、それでどうして【新百寿人】につながるのかわからないね」
「これはオレの勘だな」
ここまで言ってくるクラスメイトなら、自分の正体を正直に話してもいいだろうか。しばらく、明寿と甲斐の間で無言のにらみ合いが続く。先に目をそらしたのは明寿の方だった。
「転校理由は言えない。でも、【新百寿人】ではないことだけは言っておく」
説得するのは難しそうだが、平穏な高校生活を送るためには頑張るしかない。
「ぐうう」
「甲斐君、お腹が限界を訴えているみたいだよ。私も同じ高校生だからお腹が減っているのは同じだ。まずは夕食を食べてしまおうか」
可愛らしいお腹の音にその場の空気が一気に緩む。甲斐は恥ずかしさのためか、顔を赤くしてそれを両手で隠している。
(高校生相手に、私が負けるわけがない)
新たな身体を手に入れたのだ。【新百寿人】などという不気味な正体を隠して、二度目の高校生活を謳歌したほうが楽しいだろう。明寿はキッチンに向かい、夕食の支度を始めた。
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