第2話 新たな人生

「ここは……」


「オメデトウゴザイマス。あなたは無事に【新百寿人(しんびゃくじゅびと)】として生まれ変わりました」


 とはいっても、あなたに今までの記憶はないと思いますが。


 鈴木明寿(すずきあきとし)は自分の今の状況を理解できないでいた。明寿は100歳の誕生日を施設で迎える予定だった。誕生日前日の深夜、急に身体に痛みを感じてベッドわきにあるコールボタンを押そうとしたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。


「ああ、すいません。つい、あなた方が目を覚ますとお祝いの言葉を申し上げたくなりまして。改めまして、私はあなた方のお世話をさせていただきます、佐戸(さど)と申します」


「はあ」


 明寿はベッドから身体を起こすが、ふと違和感を覚えて自分の身体を確認する。ベッドに寝ているのは記憶と変わりないが、部屋の様子が施設とは異なっている。明寿に声をかけてきた女性にも心当たりがない。そして、明寿が一番驚いたことは。


「これは私の身体、なのか?」


 手にしわがなく、まるで若い時のような張りがあった。手以外の部分も若いころに戻ったかのような張りとつやがある。身体を捻っても痛みを感じない。高齢者から若者に生まれ変わったかのような気分になる。


「皆さん、目覚めたときは驚かれますよ。無理はありません。今のあなたは10代後半の身体なのに自分自身の記憶がない。いわゆる記憶喪失の人間ですから」


「きおくそうしつ……」


「記憶障害ですね」


 改めてベッド近くに座る女性に視線を向ける。女性は30代前半に見えたが、ナース服に身を包んでいるということは看護士なのだろうか。しかし、明寿は自分が介護施設にいたのを覚えている。あの日、身体が痛くなり意識を失って、その間に病院に運ばれたということだろうか。


「話はこの辺にしておきましょう。あなたは今から、新たな名前で新たな生活を送ってもらいます」


 勝手に話を進めようとする女性だが、明寿の記憶に異常はない。高齢になり、多少認知症は進んでいるが、自分の名前や誕生日、妻の名前や出身地などの個人情報はしっかりと覚えている。


「ま、待ってください!突然、そのようなことを言われましても」


「白石流星(しらいしりゅうせい)、今日からあなたの名乗るべき名前になります。記憶障害とは言っても、生活に関わる全般の記憶はあると思います。ですので、一週間ほどこの病院でリハビリを受けたのち、病院が指定した高校に通ってもらいます」


 明寿が文句を言おうと口を開くも、看護士は無視して話を続けていく。新たな名前を与えられたとしても、明寿は今までの記憶が残っている。白石流星などという名前を名乗れと言われても到底、納得できない。それに、高校へ通うというのはどういうことか。


「私は100歳になる高齢者です。高校に通うとはいったい」




「失礼します。おや、目が覚めたみたいだね」


「はい、先生。今、新たな名前を教えてあげていたところです」


 明寿と看護士がいた病室に新たな人物がやってきた。看護師が先生、と呼ぶ姿から、この病院の先生なのだろう。50代後半に見える男性は白衣を着ていた。


「では、ここからは私が彼に説明をしていこう。佐戸さんはほかの【新百寿人】のお世話をお願いします」


「ワカリマシタ」


 佐戸と呼ばれた女性の看護士は先生の指示に従って、明寿たちに一礼して部屋を出ていった。病室には明寿と男性の二人きりとなった。



「緊張していますね。今は記憶がなくて不安で仕方ないかもしれませんが、その状況にもすぐに慣れますよ」


 優し気な声で明寿に話し掛ける男性だが、明寿の不安が解消されることはない。


「白石流星(しらいしりゅうせい)さん。あなたは生まれ変わりました。100歳を無事に迎えられたあなたは【新百寿人】として新たな人生を歩まれることになります。生まれ変わるにあたり、今までの記憶は失われてしまった。そして、10代後半の若い体を手に入れた」


「【シンビャクジュビト】ですか……」


 明寿は高齢者施設で見たテレビの内容を思い出す。【シンビャクジュビト】は100歳の誕生日を迎えた深夜に身体の変化が起こり、10代後半の身体になってしまうというものだった。まさか、自分の身にも同じようなことが起こっていたとは。


(でも、私には記憶がある)


「聞きなれない言葉ですよね」


男性は明寿の言葉に頷きながら、【新百寿人】の説明を続ける。


「この現象については、国で研究が進められていますが、いまだに記憶が戻ったという報告例はありません。ですので国は新たな戸籍をあなた方に与えて、第二の人生を歩むことを義務付けています」


「私は別に記憶を」


「強がる必要はありません。最初はどなたも自分の記憶がないことを隠そうとします。ですが、それはむなしいだけです。我々にとっても、あなた自身にとっても良いことはありません」


 男性は明寿が記憶障害であると思っている。明寿の言葉は途中で遮られてしまった。


(もし、私が今までの記憶を持っていることを知られたら)


 明寿はなんとなく、自らの記憶があることを知られてはいけないと思った。このままおとなしく新たな名前を受け入れることが今の最善策だと悟り、男性の話を黙って聞くことにした。


「ということで、今後の生活についてですが、まずは一週間ほど病院で過ごしていただき、それから……」


 ふと明寿が窓の外を見ると、施設の窓から見えた景色とは違い、きれいな青空と遠くに山が見えた。施設からは海がきれいに見えていたことを思い出し、今から自分に起こることに、心が耐えられるのか不安になった。

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