第20話 おとなしく待つ

「やはり、記憶は喪失しているのが普通なのか」


 明寿は【新百寿人】について調べていた。いろいろな記事がヒットしたが、いずれも自己についての記憶が喪失しているとの記載があった。100歳の誕生日当日に突然、身体が若返る。その後は戸籍を変えて新たな人生を歩む。


 大まかな情報はこのくらいだ。しかし、明寿のような今までの記憶を持ったまま生まれ変わるという事例を見つけることはできなかった。


(私にはどうして、記憶が残っているのだろうか)


 調べてみても、わからないことだらけだ。とはいえ、記憶喪失という事実は世間に広まっているはずだった。それなのに今朝のクラスメイト達の【新白寿人】に対する態度は。


『記憶があるから、新たな人生楽勝だ』


 そんな感じのことを言っていた気がする。これだとネットの情報と矛盾している。いったい、高校生たちはどこで情報を得ているのか。自殺した彼らのことを【新百寿人】だと断定していることも含め、彼らに情報源を教えてもらう必要がある。



「それにしても、遅いな」


 スマホで時刻を確認すると、昼休みが終わるまであと10分ほどに迫っていた。明寿にも午後の授業がある。育ち盛りの高校生であるため、昼食を抜くのは避けたいところだ。このまま待っていたら、昼食をとらずに昼休みを終えることになりそうだ。仕方なく、明寿は持参したお弁当を食べることにした。


 ひとり寂しく空き教室でお昼を食べていると、どうしても、頭の中には高梨のことが思い浮かぶ。


「あはははは」


 お弁当を5分ほどで食べ終えた明寿は突然、両手で顔を覆って机に突っ伏す。高梨が明寿の妻「文江」であることは間違いない。そのため、明寿は今日、高梨に会ったらそのことを高梨に伝えようか迷っていた。


「高梨先輩は、私の妻の文江さんです。私は白石流星ではなく、夢に出て来た鈴木明寿、あなたの夫です」


 明寿のつぶやきは静かな空き教室に響き渡る。実際に口にしてみると、冗談かと笑いたくなるような言葉だ。頭がいかれていると思われるかもしれない。明寿だって、何もわからない状態で告げられたら、発言者の神経を疑ってしまう。乾いた笑いが出てしまうのも仕方ない。


 とはいえ、高梨は既に明寿のことを呼び間違えている。明寿の現在の名前は『白石流星』、それなのに『あきくん』と呼ばれた。だからこそ、明寿の妄言ともいえるような発言を信じてもらえる可能性はある。


 先輩はいったい、どのような反応を示すだろうか。


 相手は自分の事を覚えていないのに、自分だけは相手の正体を知っている。こんな悲しいことがあるだろうか。運命の神様は残酷なことをしたものだ。明寿もまさか、自分の妻とこんな若い体で再会するとは夢にも思わなかった。


(私が彼女に好きと伝えたら、彼女は困るだろうか)


 正体を明かすついでに、今の明寿の気持ちを正直に伝えたら。


 きっと困惑されるに違いない。相手は今までの生きてきた記憶がごっそり抜けている。夢の中に出てくる登場人物と現実との差に戸惑っている。現実と夢の間で苦しんでいる相手に、夢に出てくる本人が告白したらどうなるのか。


「はあ」


 正体を明かし、告白した後のことを想像して大きなため息が出る。明寿が想像する高梨は困ったように微笑んでいた。そんな顔をさせたいわけではないのだ。ただ一緒に他愛のないことで笑ったり、一緒に居るだけで心地がよかったりという関係を築きたいだけだ。


 考え事をしているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。それでも高梨は明寿のいる空き教室にやってこない。これ以上この場にいたら、午後の授業に間に合わない。次の授業は体育だったので、昼休みに体操服に着替える必要がある。


「これを調べ終えたら、移動しよう」


 最後に【新百寿人】に対する世間の声を調べてみることにした。スマホを起動して「新百寿人 どう思うか」と検索窓に入力してみる。


「100歳まで生きられる気がしない。私は【新百寿人】にはなれない」

「新百寿人の人に実際に会ったことあるけど、あんな状態で生まれ変わりたくはない」

「100歳で生まれ変わるとかファンタジーかよ」


 どうやら、あまり好意的なものは多くないようだ。これ以上読み進めていたら、ただでさえ高梨に会えなくて暗い気持ちがさらに下降してしまう。そっとスマホの画面を閉じてポケットにしまう。机といすを元の状態に戻して、お弁当箱を入れた袋をもって空き教室を出る。


「もしかしたら、昼休みに友達に誘われているのかも……」


 自分でつぶやいた言葉をすぐに否定する。自殺を考えていた先輩が明寿に連絡も入れずに、そんなことをするはずはない。妙な胸騒ぎを感じた明寿だが、一日会わないだけで三年生の教室に高梨の様子を見るのは、自分にとっても高梨にとってもメリットはない。


 教室に戻った明寿はクラスメイトと一緒に更衣室に向かった。


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