第37話 正当防衛、ですよね
次の日、前の席に座る甲斐は珍しく欠席だった。
(甲斐のことは話題にならなかったな)
朝のHRで甲斐の欠席の理由は明かされなかった。高校生にもなれば、他人の欠席理由などあまり気にしない。そもそも、クラスメイトが退学するときだって、退学しますなどと、担任がクラスメイトにわざわざ口にすることもない。甲斐もただ席が空いているので欠席だとわかっただけだ。
「荒島先生は、今週は体調不良で学校を休むので、英語の授業は自習となります」
英語については、荒島の体調不良という理由で授業が自習となった。
(昨日のことは、何事もなく、解決したということか)
三人はどうにかして、準備室から出られたのだろう。朝、念のためと思って、早めに投稿して準備室の前を通って状況を確認したら、ガムテープはきれいにはがされて、中に人が居る気配はなかった。どうやって出たのかはわからないが、さすがに精神的にやられたのか、二人は休み。清水はどうだろうか。事務員のことまで生徒に伝えることはしないので、彼女が今日、学校に来ているのかわからない。
とはいえ、甲斐や荒島が休んでいるとしたら、彼女もまた、同じように体調不良ということで休んでいるのかもしれない。
「そうそう、白石。今日の放課後、ちょっと話があるから、教室で残っているように」
朝のHRの最後に担任が明寿を名指しで呼んだ。明寿は甲斐たちの件だとすぐに気づいた。しかし、昨日の計画で呼び出されても問題はない。何も考えずにあのようなバカげた行動はしていない。
「白石、昨日の放課後、なにをしていたのかな」
「昨日は、荒島先生と英語の補習をしていましたけど、すぐに終わってその後は帰宅しました。もしかして、荒島先生に何かありましたか?」
放課後、担任の指示通り、明寿は帰りのHR終了後、教室に残っていた。他の生徒は明寿と担任が二人きりで話すだろうことを察して、教室から早々と居なくなった。そのため、帰りのHR後、すぐに担任と明寿は二人きりとなった。明寿が自分の席に座っていたのを確認した担任は、自分は前の席を借りて、明寿の正面に座る。そして、すぐに本題に入った。
二人きりになった途端に、担任は昨日の件を直球で明寿に質問してきたので、嘘と真実を交えて話していく。
荒島と会ったことは本当だ。担任はどこまで事情を知っているのか。明寿の言葉に担任は大きな溜息を吐く。
「荒島先生は、体調不良で今日は休みを取っていると言っただろう。なんでも、白石君に催涙スプレーのようなものを吹きかけられたと言っている。それと、補習には甲斐君もいたようだが、彼もまた、荒島先生と同じようなことを言っていた。彼もまた体調不良で休みだ」
体調不良とは便利な言葉だ。風邪でも、怪我でも何でも使える魔法の言葉で都合の悪いことはごまかせる。
「先生、実は私……」
さて、どうやってこの場を穏便に済ませようか。放課後に予定はないが、担任と馬鹿正直に話し合いをしたくはない。
「いつも思っていたんだが、その【私】という一人称はどうなんだ?社会人になったのならわかるが、高校生でそれは」
「別に私がどんな一人称でもいいでしょう?」
本来の年齢でいえば、担任は明寿の孫くらいの年になる。そんな年下の男に文句を言われる筋合いはない。まあ、今ここでそんなことを言っても仕方ない。それに、明寿が【新百寿人】だと知られたくはない。
「そ、そうだな」
明寿の高校生らしからぬ貫禄に圧されたのか、担任は納得したのか、その後、明寿の一人称に口出しすることは無かった。
「話を遮って悪かった。それで、実際に荒島先生たちと何があったのか、正直に話してほしい」
明寿と話をする前に、甲斐や荒島と話しをしてきたらしい。
「さっきも言いましたが、私は荒島先生と英語の補習を行っていました。その最中に甲斐君もやってきましたが、特に何もありませんでした。甲斐君が来た時にはすでに補習は終わっていたので、先に帰りました。荒島先生と甲斐君を二人きりにしてしまって、なにかまずかったですか?」
「催涙スプレーについては、話す気はないんだな?事務員の清水さんについてはどうだ」
「どうって言われても……。催涙スプレーなんて、普通の高校生が持っているわけないでしょう?現物を確認したわけでもないのに。それに、清水さんって誰ですか?」
「あくまで白を切るつもりか」
「はあ」
担任は荒島や甲斐を準備室に閉じ込めた犯人が明寿だと決めつけている。だからと言って、すべて明寿のせいにされては困る。相手が先に明寿にちょっかいをかけて来たから、対抗手段を取っただけだと証明するとしよう。
そのために、明寿は取っておきのモノを担任に見せることにした。
「先生、これを見ても、私だけが悪いと言えますか?」
すでに明寿の心は壊れてしまっている。今は最愛の妻を殺した相手に復讐するためだけに生きている。そのためだったら、醜い姿や恥ずかしい姿だって他人に見せられる。明寿はカバンからスマホを取り出して、一枚の写真を表示する。担任の目の前に突きつけると、効果は絶大だった。
「ど、どういうことだ。こ、こんなこと……」
「荒島先生が無理やり……。でも、私が断れなかったのがいけないんです。男のくせに情けないですよね。甲斐君はそんな私を助けようとして、催涙スプレーはいざというときのお守りの為に……。正当防衛だったんです」
担任に見せたのは、荒島との不純異性交遊の写真だ。危ない関係だとわかっていたからこそ、いつでも世間に公表できるようにこっそりと写真に収めていた。同時に動画も残している。裁判を起こせば、明寿が勝つだろう。未成年との性行為は犯罪である。
「清水さんとの関係はどうだ?彼女はまだうちの高校に来て間もないが」
こんな茶番など、さっさと終わらせたい。とはいえ、ここでしっかりと説明をしておくと後でもう一度追及されることがなくなる。荒島との関係によほど驚いたのか、担任の視線が挙動不審にあちこちをさまよっている。しかし、何としてでも、昨日の件の真相を明寿から聞きだしたいらしい。
仕方ない。心の中で大きな溜息を吐く。明寿は、清水について話していく。
「実は甲斐君が清水さんのことを好きになってしまって。甲斐君が私に清水さんのことを相談してきて、その話を私が荒島先生に話しました。その後、いろいろあったみたいで、なぜか甲斐君と清水さんが準備室に乗り込んできました」
「最初とずいぶん話が違っているようだね。それで、もめ事が起きてスプレーを使用したと。準備室のガムテープはどうだ?あれもいざというときのために持ち歩いていたのか?」
ずいぶんと突っかかってくる担任である。同じことを何度も言わせないでほしい。明寿は悲しそうな表情を作って、担任にそれらの所持の正当性を訴える。
「先生もわかったでしょう?私が荒島先生にされていたことを。自己防衛ですよ。私、最近は人間全員が敵に見えてしまって。だから、いつもと違うことが起きてしまったのでつい。正当防衛ですよね?」
「なにを言って」
「病院に来るのが遅いと思ったら、先生とお話し中だったんですね。流星君、今日は病院の定期健診の日だということをお忘れですか?」
担任の言葉は第三者の声に遮られる。教室の扉に鍵はかかっていない。突然、教室の扉を開けて、第三者が明寿と担任の会話に割り込んできた。
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