第24話 今時の高校生は……
『ごちそうさまでした』
カップ麺を食べ終わり、明寿は食後のお茶を自分と甲斐の分を出した。冷たい麦茶を一口飲んで甲斐に目を向けると、甲斐はにっこりと笑って食事前の話題を再開する。
「白石が気になっているのは、俺の正体よりも高梨先輩みたいだな」
「別に甲斐君のことも気には」
「高梨先輩はこの学園では有名人だ」
茶化したような口調に明寿が反論しようと口を開くが遮られる。そして、高梨のことを話しだした。
「高梨先輩は自殺未遂を何度かしていて、そのたびに話題になっている。自殺理由は【何となく死にたいから】だとさ。とはいえ、何度も自殺を試みるなんて相当、精神がいかれているだろ。なんとなく死にたいで、そこまでするか?だから、俺は先輩に興味を持って調べることにした」
(先輩が、何度も自殺未遂……)
高梨からもらったノートにはそんなことは記載されていなかった。明寿と初めて会った日に、自殺をしようと思ったとしか書いていなかった。
甲斐の話が真実だとしたら、何度も自殺未遂している理由は明寿にはよくわかる。彼女が【新百寿人】で今までの記憶を失っているからだ。自分が何者かが分からずに精神を病んでしまった。
それにしても、と明寿は甲斐を見ながら考える。自殺未遂を繰り返す人間に興味を持つのは分かる。しかし、目の前の男は興味本位で調べたというにしては表情が暗い。自殺というデリケートな問題だからだろうか。
甲斐の真意がわからない。そもそも、高梨と甲斐に接点はあるのか。接点があるのなら、関係が気になってしまう。接点がなくても、高梨のことを調べて、甲斐は彼女に好意を持ってしまったら。
(いや、甲斐君が先輩に好意を抱く可能性は低い)
もしそうだとしたら、甲斐の口調はもっと柔らかなものになるはずだ。上から目線の言葉を明寿に投げかけることもないはずだ。
高梨のことを考えると、思考がどんどん沈んでいく。甲斐はその間にも話を続けていく。
「調べてみてびっくりだ。高梨先輩は、実は記憶がないらしい。そして、季節外れの転入生。これにある条件がそろえば」
甲斐はそこで言葉を止めて、じっと明寿に視線を向ける。まるで、自分の心の奥底を見透かされているかのような錯覚を覚える。
「そ、それだけで【新百寿人】だと判断するのは」
「記憶がないなんて、考えただけで気が狂いそうだ」
吐き捨てるような物言いに違和感を覚える。高梨の話題になってから、甲斐はイライラしているように見えた。床に指を打ち付けて時たま舌打ちをしている。
「白石、お前も自分の記憶がないことに苦しんでいるはずだ。かくいう俺もそうだ。ある日目覚めたらいきなり高校生の身体になっている。昨日までの自分が何者だったのか思い出すことも出来ない。そんな自分が何者かわからない状態で、まともな生活を送れると思うか?」
勢いよく話し出す甲斐に明寿は困惑してしまう。自ら話し出した話題なのに、どうしてそこまで苛立っているのか。明寿は別に甲斐を困らせたくて高梨のことを聞いたわけではない。ただ、彼女のことを知っていたら教えてもらいたかっただけだ。明寿の困惑した様子を見て、甲斐が突然、席を立つ。
「記憶喪失なんて、そう簡単に起こるものじゃない。それなのに、調べてみるとうちの高校、いやうち以外にも、俺が思っている以上に記憶喪失の人間がいることがわかった」
「は、はあ」
席を立った甲斐は明寿の目の前までやってきて、指を突き付ける。明寿は甲斐の気迫に押されて、あいまいに頷くことしかできない。
甲斐は不思議な男だ。仮に甲斐が【新百寿人】だとしたら、自分と同じ人間がほかにもいるとしたら、喜ぶべきことではないか。それなのに、こうして怒りを露わにしている。
話を聞いているうちに明寿はある仮説を思いつく。そういえば、甲斐には年上の恋人がいたのだと。そして、彼女が明寿に似ていると言っていた気がする。
「甲斐君は【新百寿人】のことが嫌いなの?」
明寿は無意識に自分の思ったことを口にしていた。しかし、この言葉が誤解を生むことに気づいて、慌てて訂正する。これでは自分自身も含めて、明寿や高梨、おそらく甲斐の年上の恋人のことも嫌いということになってしまう。
「ごめん、嫌いではなかった。【新百寿人】という存在自体が認められないんだね」
記憶喪失かもしれない年上の女性を彼らに重ね合わせて、同情しているのだろう。だとしても、怒りをぶつける相手は彼らや明寿というのは間違っている。
「でもさ、それって甲斐君の独りよがりな意見だよね。別に記憶喪失だとしても、そのハンデを乗り越えて幸せに生きている人だっている。新たな人生だと割り切って生きる人だっているはずだ。どうして、そんなに彼らを目の敵みたいにしているの?」
明寿の言葉を受けて、甲斐は急にへらへらと笑い出す。今日の甲斐は情緒不安定で、見ている明寿までおかしくなりそうだ。
「ま、まあ、そう思うのも無理ない、よな。いきなり、こんな訳の分からないことを言われたら、誰だって混乱する。そう、誰だって」
「訳の分からない、こともない、けど」
「それで、なんの話だったか。そうそう、【新百寿人】の話だ。俺は別に、彼らの存在を認められないわけじゃない。彼らを作り出した政府が許せない」
「政府?」
甲斐は明寿の目の前から移動してソファに座りなおす。突然すぎる言葉に明寿は驚いて聞き返す。【新百寿人】の話題から、どうして政府なんて言葉が出てくるのか。
(政府なんて、あまりにも突飛押しすぎる。まさか、政府が【新百寿人】を意図的に作り出しているとでも言うのか)
だとしても、明寿に訴える理由は。
「白石は現状に不満はないか?あるに決まっているよな。自分がどこの誰か、今まで何をしてきたのか。それらの記憶が一切ない状態で不満がないなんて訳がない。それを訴える場所もわからず、モヤモヤした気持ちを抱いていたはずだ。違うか?」
「別に私は」
まさか、甲斐はもやもやとした不満を政府に訴えようというのか。甲斐は明寿が否定したのにも関わらず、得意げに自分の主張を語りだす。
「だから、俺は彼らを楽園に送りだすことに決めた。政府が俺たち人間をこんな風に改造してきたことに対し、抵抗しようと考えた。それが」
「突然、何を言い出すのかと思えば、笑えるほど滑稽な話だね」
政府に訴える方がまだ、可愛げがある。甲斐が言おうとしていることは。
そこで、明寿はあることに気づいてしまった。最近、頻発している高校生の集団自殺。クラスメイトは彼らが全員、【新百寿人】だと言っていた。それらと目の前の甲斐の言葉を合わせると。
(いやいや、甲斐君がそこまでするとは思えない。この言葉はハッタリだ。でも)
先輩の安否だけでも確認しなくては。
「あの、途中で話を遮ってごめん。それで、その楽園送りとかなんとかだけど、高梨先輩は……」
「ああ、悪いな。ここまで白石に話すつもりはなかった」
慌てて口を開いた明寿に、甲斐は謝りだした。
「今日の会話で、白石が俺とは意見が合わないことだけはわかった。まあ、わかっただけ、いいか。ということだから」
そして、勝手に自分だけ納得して話を終らせようとしていた。甲斐はごちそうさまと言って、明寿の言葉を聞かずに、あろうことか白石の部屋を出て帰ってしまった。
「今時の高校生って、怖い……」
一人部屋に残された明寿は、はあと大きな溜息を吐いて、自分と甲斐が食べ終えたカップ麺の片づけを始める。
結局、甲斐は何を話にやってきたのか不明のまま帰ってしまった。明寿にとって、高梨の安否は聞けなかったことだけが心残りだった。それ以外の話は正直、どうでもいい。
明寿に高梨と連絡を取る手段はない。ただじっと高梨が昼休みに空き教室に来るのを待つだけだ。
(いや、明日にでも甲斐君に聞いてみよう)
そう決意して、明寿は空のカップをぐしゃりと握りつぶした。
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