第42話 失礼しました
「失礼します」
校長室に入るのは二度目だ。部屋では校長がソファに座って待ち構えていた。担任が失礼しますと許可を取り、校長の正面のソファに座ったので、明寿も担任の隣のソファに座る。ソファに座ると同時に校長から質問される。
「甲斐君とは連絡を取り合っているのか?」
「いいえ、荒島先生とのことがあってから、連絡は取っていません」
校長は明寿が初めてこの学校を佐戸と訪れた時と同じ、にこやかな笑顔を浮かべていた。ただし、瞳の奥は笑っておらず、相変わらず明寿を値踏みするような視線は変わらなかった。
「質問を変えよう。荒島先生とはどうだ?事務員の清水さんについても答えてくれ」
「甲斐君はともかく、先生方と個人的に連絡を交換し合うのはダメだと思いますけど」
甲斐、荒島、清水。三人の名前が校長の口から出たということは、学校側は明寿が彼らと関係が深いことを掴んでいるのだろう。普段の行動を観察していればわかることであるので、明寿に驚きはない。
とりあえず、世間一般の常識を質問の回答にする。しかし、実際のところ、明寿は荒島と連絡先は交換していない。荒島は生徒である明寿との関係が学校側にばれることを警戒していた。明寿から連絡先を交換しようと持ち掛けなかったが、相手からも連絡先を要求されることは無かった。
「それは一般論だな。それが嘘でないことを証明するために、今ここでスマホを見せてもらっても構わないかな」
「スマホはカバンにありますけど、取りに行った方がいいですか?」
校長はどうやら、明寿を疑っているらしい。明寿はほかの生徒と違って、スマホを制服のポケットには入れていない。どうにも機械類は苦手で、必要な時にしか使わないので授業中はカバンの中にしまっていた。
(私だけ無傷でこの場に居るのはおかしい、ということか)
三人の証言をもとに、彼らを閉じ込めたのは明寿だと決めつけた。そして、明寿本人に犯人だと自白させたいらしい。しかし、それは事件の翌日に担任に話して話はついたはずだった。当然、ガムテープを張った時は指紋がつかないように注意した。防犯カメラはなかったし、廊下を確認したが目撃者もいなかったはずだ。
明寿はこの場で馬鹿正直に自分が準備室に彼らを閉じ込めたことを言うつもりはなかった。彼らも明寿の名を口にしたが、学校側に馬鹿正直に自分たちの本当の関係を話すはずがない。
恐らく、校長や担任は甲斐と清水の関係を知らない。そして、甲斐の欠席理由が恋人の自殺だということも、彼本人が口にしなければわからないだろう。そういえば、昨日佐戸から聞いたが、清水が自殺したことを学校側はどう受け止めているのか。さらりと清水の名前を口にしたが、亡くなったことはあくまで生徒には伝えないつもりなのだろう。そこをあえて明寿は質問する。
「そういえば、荒島先生がご退職したことを聞きました。甲斐君も欠席が続いています。清水さんは大丈夫でしょうか」
「自分が引き起こしたことなのに、心配するふりをするとはずいぶんと心優しいことだ。そうか、そうか。白石は今回の件で心が痛むことは無いのか」
校長は嫌みのような言葉を明寿に投げかけるが、だからと言って明寿が傷つくことはない。清水の名を口にしたが、校長に異変は見られない。学校職員が自殺したのに平静でいられるだろうか。もしかしたら、まだ知らないのかもしれない。
「痛んでいますよ。でも、校長先生だって知っているでしょう?荒島先生と僕の事」
清水の自殺は知らないにしても、校長は明寿が置かれている立場を理解していない。
「それは……」
「甲斐君たちのことより、私の心の傷の方が大きいと思いませんか?」
明寿に荒島のことを聞くのは禁句だ。明寿と荒島の関係は既に校長の耳にも入っているはずだ。しかし、明寿たちの関係はもみ消されていた。
『理由は、急な体調不良らしい。それと、これは先生からのお願いだが、いくら親しい先生がいても、連絡先を交換したり、学校外で二人きりであったりしないように』
朝のHRでの担任の言葉を思い出し、明寿はちらりと隣に座る担任の様子を確認する。担任は先ほどから黙って明寿と校長の会話に耳を傾けるだけで発言していない。首をうなだれて床を見つめていた。
明寿の言葉に校長は反論できずに黙り込む。このまま話を続けていても、校長と明寿の話は平行線で何も進まない。
(退学でもしようかな)
明寿は心の中で溜息を吐く。高梨もいないし、甲斐の復讐も果たせた。甲斐の自殺ほう助についての問題が残っているが、明寿が高校に残る理由にはならない。
つまり、明寿がこの高校に通う意味はない。
(これからどうしようかな)
高校を辞めたところで、やることがあるわけではないが、このまま高校にいても、生徒や教師の目が気になって仕方ない。
「今回の事件を私のせいにしたいのならご自由にどうぞ。私は本日付けで退学します」
退学について考えていたら、自然と口から言葉がこぼれていた。そして、その言葉が思いのほか、明寿の心に響く。
「それと、清水さんですが自殺したようですよ」
『えっ?』
「失礼します」
毎度のことながら、明寿を監視しているかのようなタイミングだ。校長室の扉がノックされ、校長の許可を得ずに扉が開かれる。校長と担任は明寿の言葉に驚いて、校長室に新たな客が入ってきてもしばらく反応がなかった。
「流星君のことで少しお話があるのですが……」
彼が来たからには、もう安心だ。
「佐戸さん、私、今日付けでこの高校を退学します」
明寿は席を立ち、佐戸の目をしっかり見つめて宣言する。佐戸は少し驚いたような表情を見せたが、すぐににこやかな笑顔に切り替える。
「ワカリマシタ。そのように対応しましょう。では、流星君はカバンや荷物をもって自宅に帰ってください」
「な、なにをいきなり、そんなことができると思っているのか!そもそも、どうして君がここにいる?」
「理由ならわかっているはずです。ここからは大人のお話といきましょう」
(私も、精神年齢は十分、大人だけどな)
明寿は自分の生きてきた年齢を思い出して苦笑する。明寿が校長室を出ようとしてようやく、校長が佐戸に対して非難の声をあげた。明寿は校長室の扉を開けると、いったん背を向けて校長たちの方を振り返る。
「数か月という間でしたけど、お世話になりました」
「マテ、話は終わって」
「白石、もう少し話を」
「失礼しました」
校長と担任の慌てた声を無視して、明寿は彼らに背を向けて校長室の外に足を踏み出す。廊下は授業中なのか、静まり返っていた。
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