45_なかパパの有くん -2
金曜の夜。華はみんなに泊まりに来ないか? と誘いをかけた。ぶちょーにもジェイにも、そしてもちろん哲平、池沢、広岡。ぶちょーとジェイはこの会のおまけみたいなもので誰も気にしていない。
そして金曜の夜、みんなが集まった。車は例によって大家さんの高橋さん所有の駐車場に止めさせてもらった。
中山一家はみんなが来るより早い時間に来てもらった。まず真理恵に紹介したい。
奥さんの響子さんは優しい人だ。けれどどこか寂し気で儚げで。ジェイを見てきたから分かる、脆くなっているのが。
「いらっしゃい! 初めまして、真理恵です」
華は何も言わないでおいた。子どもたちにも何も言っていない。家族を信じている、宗田家に流れるアイデンティティを。
「響子です」
「どうぞ上がってください、楽しんでくださいね。ウチっていろいろあるんですよー」
華は真理恵が『何も無いですが』と言うのを聞いたことが無い。それが誇らしい。
微笑む中山に後押しされて、響子さんは上がった。真理恵の声が台所から響く。
「中山さーん、何にする?」
「俺はコーヒー頼むよ! 響子は? 何もらう?」
「いいの? そんな頼み方して」
「いいんだよ、ウチでは。誰も気にしないし。上下無いから言葉も選ばなくていいからね」
華が微笑んで言葉を添える。
「じゃ紅茶もらうか? 好きだろ?」
「うん」
まるで呟くような声。
「マリエー、響子さん紅茶だって!」
「はぁい」
華は響子が衣類と帽子で隠すように抱いている赤ちゃんに手を伸ばした。
「抱かせてもらえる?」
「え、でも、今眠ってて」
「大丈夫、3人もチビを育ててるんだから。慣れてるよ」
子どもが多いことを言い淀むことに意味は無いと思う。そう思うことこそ失礼なことだ。
「大丈夫、華は落とさないよ」
優しい声に華の手に有を渡した。
「へぇ! カッコいい! 同じ1歳でもウチの風華とはえらい違いだ」
そこに真理恵が来てカップを並べるとすぐに座り込んだ。
「私にも見せて。わっ、ホントに1歳? 華くん、私にも抱かせて……ごめんなさい、響子さん、抱っこしてもいい?」
「はい」
「1歳でカッコいいなんてすごいよ! 中山さん、どうしてもっと早く連れて来なかったの?」
真理恵の問いに華が答える。
「連れて来るのいやだったんだよ、きっと」
その言葉に怯んだ響子の顔に華の言葉が続く。
「だって、ここに来たら哲平さんの歌を聞くかもしれないじゃないか。ひきつけでも起こされたんじゃ堪んないってさ」
中山が声を上げて笑った。
真理恵は今日のこの集まりに何か意味があるのだと分かった。華が何も言わなかったということは、中山家に何かあるということだ。そして、この『有くん』。
「ただいまー!」
賑やかな一団が入って来た。先頭を切るのは哲平だ。
「哲平おじちゃんより先にただいまって言いなさい!」
「無理だよ、哲平ちゃん、トイレ我慢してるって走り込んだんだもん」
「華月! ゴチャゴチャ言う前にこれ、冷蔵庫にしまっとけ! あ、なかパパ、いらっしゃい、えっと響子さん、だったよね? いらっしゃい!」
「いいからトイレ行きなよ!」
「へい!」
響子は目を丸くしている。時々ここやファミリーの会のことを聞いてはいたが、これは予想以上だ。
「赤ちゃん!?」
「華音、風華と同じ1歳だよ」
華音が真理恵が抱いている有を覗き込む。
「可愛い!」
遅れて入って来た和愛もその隣に座った。
「ね、汗かいてるよ。可哀そうだよ、帽子とかとってあげようよ!」
「あ、だめ!」
和愛が響子さんを見上げた。
「あのね、小さい子って汗かきやすいんだよ。放っておくと風邪引いちゃうの。脱がせてあげてもいい?」
素直な言い方に響子さんは頷いてしまった。華音が帽子を脱がせた。家の中は人も多くなってすごく暖かい。和愛の小さい指が小さなボタンを外している内に有くんが起きて声を上げた。怯えたような表情が響子さんに走る。
「私が! 私がやるから!」
響子さんの手を中山の手が包む。華には中山の思いが伝わった。
「響子さん、華音も和愛も風華をよく世話しているから任せて大丈夫だよ。華音、和愛、そうだよな?」
華音が誇らしげに大きく頷く。
「うん! おむつも替えられるし、遊ぶのも上手だよ。お父さん、有くんは男の子だから色が黒いの? でも華月は白いよね」
「なかパパに聞いてごらん?」
青くなっている響子さんに中山はにっこり笑いかけた。ここからは中山が引き受けるべきなのだ。
「色が黒いのはね、外国の血が流れてるからなんだ」
「外国? ジェイくんみたいに?」
「そうだよ。ジェイとは違う外国。だから日本人っぽくない顔をしてるんだ」
「そうなんだ! お名前は?」
「有。『ゆう』ってね、『有る』って意味なんだよ。いろんなものが有る。それを持っている」
華月が来た。
「あるとかないとか、そういう『有る』?」
「そうだよ」
「有くん、お兄ちゃんと遊ぼ!」
「だめ、華音が抱っこするの」
「男は男同士だよ!」
華音と華月が言い合っているうちに哲平が来る。
「ああ、腹きつかった! 換気扇回しといたから」
「哲平さん、下品」
真理恵が顔をしかめた。
「回さないで良かったのか? って、ごめん、なかパパの奥さんがいたんだった。覚えてる? 華火大会でちょっと会ったよね。すぐ帰っちゃったでしょ」
「あの、有が心配で。母の実家に預けたんですけど」
「ええ、中山、こどもいたの!? え、この子?」
和愛の膝にいる有を抱き上げた。
「こりゃびっくりだ! お前に全然似てない! って、第一いつ生まれたんだよ、水臭いな!」
「哲平さんがボヤッとして隠居生活してた去年の1月だって」
やっと哲平が気づいた、響子さんに溢れている恐怖、その手を握っている中山の手。
「そうか。おい、和愛! 子ども部屋に行っといで。有くんも連れて行くんだぞ」
「はい」
真理恵が哲平にもコーヒーを用意する。
「風華も一緒にお願いね」
「はい!」
華月がみんなを子ども部屋に連れて行った。こういう雰囲気の時は大人の人の『難しい話』が始まる。
玄関でやたら騒々しい声がして次の家族が到着したことが分かった。
「こんばんは!」
「ごめん、ありさちゃん! 真っ直ぐこっちに来て。今日は子どもたちはあっちの部屋に行かせてるの」
「……了解。穂高、子ども部屋に行きなさい。椿紗も」
一緒に広岡と莉々も来ていた。
「さて。なにかな? 子どもたちの夕食はまだでしょ?」
「カレー作っといた。後ですぐ出せるから」
真理恵はにこやかだ。
哲平が明るい声でみんなを響子さんに紹介する。
「知ってるかもしれないけど一応紹介ね。こっちの偉そうなのは池沢統括課長。子どもたちには『おっちゃん』で通ってる、本人の前じゃ言わないけど」
池沢がイヤな顔をする。
「もう一人別口に『おっちゃん』って呼ばれてる田中統括課長がいるから紛らわしいんだけどね。で、姐御って感じがするのは池沢さんの奥さん。悪名高い三途さん」
響子さんが、あ という顔をする。
「その顔は私を知ってるって顔ね?」
「ごめんなさい!」
「なんで謝るの?」
「ほらほら、最初っから飛ばさないで! で、こっちが広岡、その妻莉々。莉々は俺の妹だから、広岡は俺の愚弟ってことになる」
「誰が愚弟だって? よろしく、響子さん」
めまぐるしく頭を下げて挨拶する響子さんはいかにも真面目そうだ。
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