12_学校と言えば、アレ

 冒頭から失礼。

 作者が一つすっ飛ばしたエピソードがある。双子ちゃんの初恋にあまり関連が無いと思ったからだが、やはり書くことにする。


 入学式の日に遡る。式を終えた子どもらはそれぞれ担任が教室に連れて行った。その直後体育館はなぜか封鎖された。中にはそれをすり抜けて出て行った保護者もいるが、初めての者たちは言われるままに残っている。当然華と哲平もいた。真理恵は華が式終了直後に返したのでここにはいない。


 パイプ椅子が3クラス分、丸く並べられた。自分の子どものクラスのところに座るよう言われて、哲平が1組に行ったから華は3組の椅子に座った。

中央に立った数人の女性が自己紹介を始めた。

「前年度学年委員を務めた小沢です。今日は入学おめでとうございます。早速ですが今年度の役員決めを行いたいと思います」

 周りがざわっとした。

(役員?)

 華にはなんのことか分からない。

「役員は5種類あります。学年委員、校外委員、環境美化委員、広報委員、バザー委員です。学年委員は役員本部と各学年の連携を取り、全体のお手伝いをします。例えば今私がしているようなことです。校外委員は地区内のパトロールを何度か行い、通学路の安全を確認したりします。落ちそうな看板があるとか有刺鉄線があるとか、そういうチェックですね。環境美化委員は学校側と協力して学校の美化に努めます。草むしりとか枯れ葉の掃除とかが中心になります。広報委員は原稿や写真を基に広報誌を作成します。バザー委員は年一回のバザーを開催します」

 まるで慣れ切っているかのように、ここまで一気に説明をした。あれこれ質問が飛んで答え終わった後は、小沢さんはほとんどこの言葉ばかり言った。

「大丈夫です。誰でもやれます。お仕事を持った人もやっていますよ。難しくないです」

 そして、

「これが決まらないとお帰りになれませんよ。早く決まれば早く終わります。どうしても決まらない場合はジャンケンにします」

(すげぇな、これ)

 一斉にみんなが喋り出す。自分は時給のパートだ。下に子どもがいる。病気の老人を抱えている。人前で喋れないと大声で言う人もいる。

 結局、経験者が何人か手を上げた。楽な委員を選んだのだ。一度やればお役御免だし、低学年のうちにやった方が楽な作業を回されるし休んでも気にされない。

 どんどん決まる中で、2つ残った。広報とバザーだ。いきなりみんな、だんまりになった。

「そんなに難しくないんですよ」

「他の人たちもいるんですから」

「経験者も残ると思いますよ」

 そのまま2分近く沈黙が生まれて華は小さく舌打ちした。

 ここまで誰も華には話しかけてこない。華は分かっていないが、ピシッとスーツを着こなした細身の男性。背筋はピンと伸びており、ちょっと長めの髪がふわりとしていて、何よりも顔が…… だから誰も話しかけられずにいるのだ。


 後ろからいきなり哲平の声がした。

「華!」

「なに?」

「そっち役員決まった?」

「まだ」

「何が残ってる?」

「広報とバザー」

 哲平が立ちあがった。

「すみません、広報だった人っているんですよね?」

すぐにそれに元広報だという女性が応じた。実は彼女らも次期役員が決まらないと帰れない。

「なんでしょうか?」

「もし良かったら過去の広報誌、みせてもらえませんか? 傾向を見たいんですが」

「はい!」

 彼女はすっ飛んで体育館を出て行った。

「哲平さん、どうする気?」

「あ、俺さ、バザーやるよ」

「引き受けたの?」

「だって土日を頑張るだけでもいいって言うしさ、面白そうだ。焼きそば作ったりするんだぜ」

「ふぅん」

 この二人のやり取り、実に堂々としていて、体育館の中はしぃんとしている。

「で、広報をどうする気?」

「みんないろいろ大変そうだし、やれる人間がやればいいと思わないか?」

「あのさ、俺たちっていつから大変じゃなくなったの?」

「あれ? 余裕じゃなかったのか? お前」

「バカ、言ってる。これから忙しくなるって言うのに」


 そんなやり取りをぽぉっとしてみんなが聞いているうちにさっきの女性が広報誌を手に走って来た。

「これなんですが」

「え、ペラ?」

 二人が顔を見合わせる。

「冊子でも作るのかと思った」

 哲平が拍子抜けしたような声で言う。

「これをどれくらい出すんですか? 一週間に一度だとちょっときついんだけど」

 華の言葉に唖然としたのは小沢さんたちの方だ。

「あのっ! そんなに出さないです!」

「ああ、月一回? それならやれそう。中身、この程度でいいんでしょ?」

「いえ、えっとお名前を……」

 元広報の彼女は役得だと思っている。哲平は逞しいし、目の前の男性は今じゃないときっと一生話などできないだろう。

「宗田です。1組に息子、3組に娘がいます」

「双子なんですか!」

「はい」

「宗田さん、毎月出すんじゃないんです。一年に3回なんです」

「え、たったそれだけ?」

 哲平とまた顔を見合わせた。

「それならやりますよ。大したことないし」

「あの、集まりには出られますか? 皆さん、日中や夕方役員会を開くんですが」

「だって働いている人もやれるんでしょう?」

 哲平が不思議そうな顔をした。

「そうなんですが……」

「なるほどね。集まれば後はテキトーにやってってヤツ? 役員になった人は結局仕事休めよ、みたいな。詐欺じゃん、それ」

 華の冷ややかな声に元役員たちが固まる。


 哲平が陽気な声で華をなだめる。

「ま、いいだろ。皆さんきっと毎年苦労してるんだろう。そうなんでしょう?」

「はい!」

(今年はいい流れになるかもしれない!)

小沢さんの心が軽くなり始める。広報に男性が入ってくれることなど滅多にない。ほんの2、3度この二人が顔を出してくれさえすればいい。みんな喜んで役員になってくれるだろう。


「2組って広報決まったんですか?」

「いえ……」

 哲平が華に何かを囁いた。ちょっと顔をしかめながら華が頷く。

「こんなので遅くなるの、止めましょう。俺たち2人広報やりますよ。2組の人、要らないです」

「でも、それじゃ大変ですよ!」

「どこが? 悪いんですが、学校にはほとんど来れません。だからメールで原稿と画像を送ってください。2、3日時間をいただくかもしれませんが出来上がりをお送りします。そのフィードバックをいただければ完成したデータを送りますのでそれでいいですか?」

 みんなが目をばちばちしている。

「それって……ほとんど紙面を作ってくださるということですか? 割付とか……」

「その程度ならこっちでやります。印刷の段階はやってくれるんですか?」

「はい、こちらで」

 華はもう打ち合わせが終わったような気になっている。

「貰ってっていいですか? サンプルにしたいんですが」

 持ってきた女性が哲平にただ頷く。

「これ、画像荒いですね。もっとクオリティ高くなくていいんですか?」

「コンテストで入賞したことも無いので諦めてるんです」

「コンテストがあるんですか!」

 哲平の心に火がつく。

「はい。それにこれ以上予算を取れないし」

「これ、作るのにいくらかかってるんです?」

「年3回で70万の予算です」

「高っ!!」

 哲平は素早く考える。

「その印刷って、出すところ決まってるんですか?」

「はい」

「毎年それだけ取られるんですか?」

「去年10万円高くなったんです」

「ぼったくりじゃん!」

 哲平の声が大きくなったので思わず華が足を蹴飛ばした。

「じゃ、哲平さん交渉お願い」

「了解。じゃ、広報はこれでいいですね?」

 小沢さんがさすがに困った顔になる。

「2組が決まっていないので……」

「俺たちに任せればいいですよ」

 にこやかな哲平の笑顔に引きずられて小沢さんが笑顔になった。

「ちょっと話し合っておきますね。では後はバザー委員ですが」

「あ、それも俺とこいつでいいです」

「哲平さん!」

「こういうのやっとくと和愛が虐めに遭うことも無いと思うしさ」

「そんなのがあんの? 虐めなんかされたら潰せばいいじゃん!」

 この華の発言で、自分の子どもに心当たりがある親はとことん子どもに言い聞かせることになる。


 なんだかトントン拍子にことが運んで小沢さん始め役員の面々が嬉しそうだ。2組のバザー委員はもう決まっている。だからあとは3組だけなのだ。

「役員の掛け持ちって、だめなんですか?」

「だめじゃないですけど、前例がなくて……」

「ならやっていいんですね? こいつも俺と同じで土日しか時間取れないです。本番は日曜でしょ?」

「そうです」

 哲平が周りを見回した。

「こいつが売り場に立ったら売れると思います?」

 みんなが華を見て頷いた。

「な、やれよ。俺は力仕事とか屋台とかやるからお前は売り場」

「勘弁してよー、なら俺も屋台」


 こうしてこの年度の役員会は二人に牛耳られることになる。ちなみに、広報委員にはもう卒業までなれなかった。華のクオリティの要求が高すぎてみんなは追いつけなかった。原稿はほとんど哲平が書き直したが、画像へのダメ出しが多かったのだ。〆切にもうるさかった。

 発行した3回の広報誌は素晴らしすぎて、コンテストに優勝はしたが、それで充分ということにもなった。

 印刷費は1回23万を哲平が直談判しに行って、17万に値切った。


 その後、バザー委員の方は永久役員となる。哲平は6回しか出来ないが、華は風華もいるから結果的に3人が卒業するまでバザー委員長を務めた。

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