52_子どもたち あれこれ -2(親の夢)

 4月3日金曜日11時過ぎ。

「ただいま」

「帰ったよ」

 玄関で華父と哲平の声がした。もう子どもたちは寝ている。

「お帰りなさい、お疲れさま!」

「うん」

「ん」

 言葉少ない華と哲平に、真理恵は不安な気持ちになった。

「ご飯は?」

「あ、ごめん、電話するの忘れてた。なんかある?」

「大丈夫。すぐに用意するから待ってて」

「悪いね、真理恵」

「哲平さんもゆっくりして。今日はお泊りでいいでしょう?」

 頷く顔に力が無い。真理恵はキッチンに向かった。こんな時にはしっかりと食べさせなければ。


「……キツいな……」

「そうだね」

「まだ3日だってのに」

「ホントに3日? 3週間の間違いじゃないの?」

「華…… お前が頼りなんだ、俺が突っ走ったら頼む」

「だめだよ! 俺が突っ走りそうなのに」

 真理恵が食事を運んできた時の二人の顔には悲壮感さえ漂っていた。

「お仕事の話なんだろうけど。聞いてもいいのかな?」

「聞いてくれる!?」

 哲平が飛びついた。華は肘を突いて、両手に顔を埋めている。

「何があったの?」

「新人! 今年はクソッたれたが3人いやがって!」

「あれ、ひどいわ……」

 華が呟く。この二人が手を焼く新人とは?

「一人目! 松田清司。俺より軽い! 初っ端の挨拶が『合コン、是非呼んでください』」

 真理恵が目を丸くした。

「次! 富畑健一。『この会社、トップ企業ってわけじゃないし気楽にやれそう』」

「そんなこと、言っちゃうの?」

「そう、言っちゃうの! で、最後が牧田徹平」

「てっぺい?」

「そうなんだよー、こいつ、すぐ泣くんだ。それもジェイみたいに可愛くもなんともないの。俺より15センチはデカいんだから」

 哲平は168センチだ。183センチということだ。

「泣くんならピシッと泣けってぇの。メソメソ。腕はいいんだよ。性格も悪くない。でも今日さ、デスクの上を蜘蛛が歩いてたんだよ、小っちゃいの。そしたら騒ぎ始めちゃって井上さんがピシャン! って蜘蛛を潰したんだ。そしたら大泣き!」

「なんで?」

 哲平が後を引き受ける。

「『殺すなんてひどい!』それで2分は泣いてた」

「しかもさ、後の二人が牧田を『てっぺい!』『てっぺい!』って呼ぶもんだからそのたびに哲平さんがキレちゃって」

「気を使えってんだよ! 仮にも部長が『哲平さん』ってすぐそばで呼ばれてるんだぞ」

 確かに今までのR&Dではなかったタイプだ。

「今時の子ってことかなぁ」

「今時もへったくれもあるか! 社会人だろ! って話だよ」

「その『社会人』っていう自覚が無いのが今時の子なんだよ」

「部長がいたらなぁ……」

「だよなぁ……」

「ちょっと待って! 今の部長さんは哲平さんでしょ!? 今からそんなでどうするの?」

「だからさぁ、まだ3日しか経ってないってのに俺も華もへとへとなんだよ……」

 本当に二人とも疲れた顔をしている。

「よりによって合コン好きのチャラいのと牧田は華の下に入ったんだよ。チャラい方は小野寺チームで牧田が石尾チーム。絶対こいつ上手くやれないって」

「もう一人の人は?」

「富畑だろ? あいつ中山さんとこの澤田チーム。中山さんに『企業のレベルが違うからここ楽でしょ』って言いやがって! 中山さん、怒るどころかシラッとしちゃってさ。あそこ近いうちになんかあるよ。哲平さん、覚悟しといた方がいいよ」

「あそこの前にお前だろ?」

 哲平は仕事上でここまで落ち込んだことが無い。

「ねぇ、新人さんたちは全部で何人なの?」

「5人。あとの二人はまともだよ。ってか、呆れてる。それがフツーだっつーの! 哲平さん! 絶対異動で他に飛ばしてよ!」

「俺の立場じゃ逆に厳しんだよ…… すぐ新人を投げ出すわけには行かないんだ…… 河野部長、よくお前とか浜田とか使いこなしたよな。最初の頃のジェイも大変だったし…… ああ、『惚れた』んだっけ。部長みたいにはなれねぇよー」

 華が立って酒を持って来た。

「華くん。先に言っておくね。自棄酒飲んでもいいけど、クダ巻いたら外に放り出すからね。哲平さんも!」

「分かってるよ!」

「どうする? 週末だし河野さんたち呼ぶ? 相談してみたら? きっと聞いてくれるよ」

「あ、それだめ! いくらなんでも今から相談したら部長……河野さんだって引くって」


 二人はクダこそ巻かなかったが二日酔いになるほどには飲んだ。

「父ちゃん!」

「デカい声出すな……頭、いてぇ」

「もう! 飲み過ぎだよ、今日はお酒ダメだからね!」

「分かったって」

 耳を押さえて毛布に潜るが、すかさず和愛に剥がされた。

 華月と華音に責められているのは華父。

「お父さん、酒臭い! お風呂入ってきて!」

「勘弁! 今はお父さんをそっとしといて」

「まだ寝る気なの? もう9時半だよ!」

 子どもたちの猛攻撃を受けて二人が逃げた先は、誰もいない哲平の家。4畳半と3畳、それぞれで二人とも昼過ぎまで寝入ってしまった。


「華月、あんまりお酒飲んじゃいやだな」

「僕は飲まないよ! お父さんも哲平ちゃんも好きだけど、二日酔いなんてサイテー。それより和愛はドリルどこまでやった?」

「2年生の算数なら半分近くやったよ。漢字はまだ16ページ」

「僕は算数ほとんど終わっちゃう。漢字、後で問題出しっこしようよ」

 華音はあれから週末となると来る昂に先々使う漢字を教えている。代わりに昂は華音にドイツ語を少しずつ教えた。


(この子たち、どうなっちゃうのかしら)

風華をあやしながら真理恵は密かに思う。

(そうだなぁ。華月と和愛ちゃんが結婚して、華月は……学校の先生かな。和愛ちゃんは手堅く公務員の事務員さん。華音は……だめ、想像つかない! 風華は手がかからないし大人しそうだし。お料理したりする仕事はどうかな。一緒にそんなこと出来たらいいな)

 どんな親だって、子どもに対する夢がある。真理恵の夢の中身はそんな感じ。普通でいいと思う。『普通』を理解できずに大人になった華の苦しみを見てきている。だからただただ普通に育ってほしい。


 夕方になって、哲平と華はシャワーを浴びた後二人で夕食を作っている。電話で真理恵に怒られたのだ。

『またお酒で潰れるならこっちに帰ってこないで』

 月曜からのことを考えると気が滅入る二人は、今夜も酒を飲みたい。だから宗田家に戻るのはやめた。

「たまにはいいな、こういうのも」

「そうだね……俺さ、哲平さんとこうなるって思っても無かったよ、最初の頃は」

「そうか? お前、俺になついてたじゃないか」

「はい? どこに目、つけてたの? 俺、思いっきり嫌がってたんだけど」

「そうは見えなかったなぁ。お前さ、子どもたちのこと、なんか考えてる?」

「なんかって?」

「まさなりさんも夢さんも芸術家だろ? 代々そうじゃないか。二人は何も言わないのか?」

「言わないよ、そういう人たちじゃないし」

「でもなぁ、途絶えちゃうだろ、芸術一家が」

「それ言ったら俺の代でもう途切れてるよ」

「まあそうだけど」

「哲平さんは和愛にこうなって欲しいってあるの?」

「……特にこれってないな。俺はあいつには自由にさせてやりたいからな」

「俺はどうなんだろう…… 華月は普通には育たないような気がする。あいつ、どっか違うんだよな。ひょっとしたら結婚もしないかもしんない」

(そうか? 意外と早いかも…… いや、まだ子どもだしな、どうなるかなんて分かんないよな、千枝)

「華音はモデルとか女優とか」

「気が強そうだしな、似合う気がするよ」

「風華はまだ何か考えるのはとても無理」

 会社のことで酒を飲むより、こういう話で盛り上がる方がいい。

「穂高は?」

「ホントに親父っさんのとこ、継いだりしてな」

「有り得る! ついでにさ、みんながどうなるか予想図作ろうよ!」

「お前、ガキみたいだぞ」

「いいじゃん! 予想なんだから」

 本当に和愛の漢字のノートを一冊引っ張り出してそこに書き始めた。

「おい、ノート」

「分かってるって。ちゃんと買って返すよ」


<哲平案>

和愛:なんでもいい、幸せになれば

華月:哲学者

華音:派手な仕事

風華:(取り敢えずまさなりさんに預けて)画家

穂高:三途川一家の跡継ぎ

双葉:登山家(ママ大好きっ子だから)

椿紗:真面目だからどこかの経理

陽南子:公務員

有 :外交官

進 :(できれば)R&Dに入社


<華案>

和愛:学校教師

華月:チベットの修行僧

華音:女優

風華:(取り敢えず)普通に誰かの嫁さん

穂高:三途川一家の跡継ぎ

双葉:弁護士(穂高がヤバイことをやった時の弁護)

椿紗:堅いからどこかの人事

陽南子:(莉々の血を引いているから)豪華客船で女性シェフ

有 :(親がしっかり育てそうだから)議員

進 :(父親に似ていないことを願って)声優


「これさ、タイムカプセルってことにしない?」

「お前、ホントにガキだな!」

「哲平さんに言われたくないよ。ついでに河野さんとジェイ」

(ヤベぇ! 俺、知ってるぞ!)

「やめようぜ、俺はあの二人はそっとしときたいよ。やっと夫婦二人っきりでのんびり出来るんだからさ」

「俺はさ、二人で外国周るんじゃないかと思うんだ。ジェイは当てになんないけど河野さんの英語はどこ行っても通じるし。あとスペイン語もドイツ語も行けたでしょ。下手すると海外生活するかも」

「かもな……楽しみにしとこう、きっとすぐに分かるって」

「そう?」

「た、多分」

 思い思い、子どもに託す夢。その根底にあるのは、幸せと平和な生活。そうであることを信じて疑わないのも親なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る