51_子どもたち あれこれ -1

 まだ春休みは終わっていない。けれど4月だ。クラスは変わらず今のままで進学する。春休みは真理恵には忙しい日々が続いていた。

 お泊り組が増えた。木下さんは二人が仕事でどうにもならない時は宗田家に譲を託してくれるようになった。お蔭で華月は大喜び。あのケンカの日々が嘘のように息が合っている。譲が植物に詳しいというのもいい。華月にとって、単なる趣味めいたものから、相棒がいるお蔭で図鑑を開く回数も街の図書館に行く回数も増えた。おまけに一緒にまさなりお祖父ちゃんのところにも行くようになって、本当に意気投合だ。譲の世界観がどんどん変わっていくのが手に取るように分かる。


 一方、和愛はそんな二人を見ては俯きがちになっていた。圧倒的に華月といる時間が減った。父ちゃんに言わせると、『男の子にはそんな時期があるんだ。外の世界に目が行くんだよ。そんな時は周りは待ってるしかない。父ちゃんだってそうだったぞ、それで自分の持つ世界が決まっていくんだ』。

 難しくはあるけれど、父ちゃんは『華月は発展途上なんだ』と説明してくれた。畑で言えば、肥料を吸収している時期なんだそうだ。『うんと肥料を食わないヤツは育たない。ホントに好きなんだったら満腹になるのを見ててやれ。時には枯れそうになる。和愛は水になればいいんだ。太陽にもな』。

 父ちゃんが応援してくれるのが嬉しい。男の兄弟がいないから余計男の子のことが分からない。けれど、その分父ちゃんが男の子になっちゃう時があるから少しは分かり始めている。

『男の子って、どうしようもない』


 華音にはよく分からない春休み。一度昂くんのお母さんが夕方尋ねてきて、結構長いことお母さんと『大人の話』をしていた。

 最初は昂くんのお母さんの怒鳴り声が響いて、華音はびくびくした。誰もいない、自分だけ。こっそり話を聞きに行こうかと思ったけれど、最初にお母さんに釘を刺されていた。

『聞きに来ちゃいけません』

 丁寧な言葉。だから行けない、それは反論を許さない『だめ』だ。

 その内静かになってきて、お母さんの変わらない穏やかな声が時々聞こえた。それでほっとする、お母さんはいつだって大丈夫なんだと。

 玄関に向かう足音が聞こえて、「華音、おいで」とお母さんが呼ぶ。

 昂くんのお母さんは疲れた顔をした優しそうな雰囲気の人だった。さっき聞こえた怒鳴り声は、本当にこのおばちゃんの声だったんだろうか……

「あなたが華音ちゃん?」

「はい」

「そう…… 昂はちょっと意地っ張りな子なの。それに喋るのがとても苦手で……外国の言葉の後から日本語を覚えたから喋り方が時々おかしくてね、だからお友だちが出来にくくて。もし……ここにお邪魔した時はよろしくお願いします」

 頭を下げられて自分も急いで頭を下げた。

 よろしく、ってどういう意味なんだろう? このお母さんは何を言いたいんだろう? そんな疑問が湧くが、とても聞けるような雰囲気には見えない。なぜなら、泣くのを我慢しているように見えたから。唇を噛んでいる。少し震えてる。

「あのね、お勉強なら一緒に出来るから。華音はそれならやれると思う。それでもいい?」

 パッとおばちゃんの顔が明るくなった。

「ありがとう……誰かのお家に行くなんて、初めてだったのよ。ありがとう」


 おばちゃんが帰ってから心配になった。

「お母さん、イヤなこと言われた?」

「そんなことないよ。あのお母さんはとっても昂くんを心配してたの。お父さんがね、いないんだって。だから昂くんは一生懸命働いてくるお母さんを一人で待ってるの」

「ジェイくんに似てる?」

「そうね…… 華音、お母さんね、お夕飯に昂くんを呼んでもいいですか? って聞いたの。華音に相談しないで言っちゃった。どうかな?」

「いいよ。コンビニのお弁当なんて体に良くないって茅平のお祖母ちゃんも言ってたよ。昂くん、華月や譲くんとも遊んでたからいいと思う」

「ありがとう! 華音がいいって言ってくれて良かった!」


 のせたんは華にこっぴどく怒られた。退院したから子どもを連れて行きたいと言って、子育ての先輩にピシャリとやられたのだ。

「生まれてすぐなのにあちこち連れ歩くなんてなに考えてんだよ! しばらくは家の中! 産後の女性って不安定なんだ、産褥期さんじょくきっていって。本人が平気そうにしてても夫が労わらないと。なのに外出? 赤ちゃんは生まれて4週間は病院以外、外に出すな!」

 会社では自分が上でも、こればっかりは先輩の言うことは正しい。のせたんは大人しく時期を待つことにした。


 なかパパは、有を連れて良く来るようになった。なぜか華が抱くと泣く。

「ジェイくんじゃないとだめでしゅかー? お兄ちゃんは優しいでしゅよー」

 庭で腕の中で泣いている有に話しかけているのをばっちり広岡と中山に聞かれてしまった。中山がヒクヒクと涙を零しつつ笑いを堪えているのを見て、真っ赤になった華は有を中山に返すと真理恵の部屋に籠ってしまった。

 次の日のオフィスでは、中山は前日のことをバラしこそしないが華の顔を見るたびに吹き出す。

『今日の中山さん、なんか違う!』

『有くんのことみんなに話してからすごく陽気になったよね!』

などと言われているが、華は中山に弱みを握られたとずっと機嫌が悪い。お蔭でしばらくの間、石尾と翔がきりきり舞いさせられることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る