37_お正月あれこれ[宇野家]

 一方、宇野家。元旦は年末28日から堂本家で過ごした。

 何せ、男手が必要だ。宇野本家では何をやるにしても手が足りている。哲平がいてもいなくても宇野家の正月がどう変わるわけではない。けれど今の堂本家は千枝の両親が残っているだけ。寂しさと先々への不安が家の中に漂っている。

(こんな中で健康に過ごせるわけが無い)

そう思うから、哲平としては宇野本家より堂本家が優先となる。本家ではそれを当たり前のように受け入れてくれるから、そこは遠慮なく思い通りに出来るのが有難い。


「お義父さん! 雨戸、動かすの楽になってるから」

「ありがとう、悪いね」

「他人行儀だなぁ。他に暮れの内にやった方がいいこと、ある?」

「ほとんど無いよ。充分にしてもらった」

「お義母さん、買い物は? 今なら特売になってるだろうから買って来るけど」

「お土産、たっぷり持ってきてくれたし。もう大丈夫だからのんびりして」

「栗きんとん、足りそう? お義母さんが好きだから大きいパック買ったんだけどさ、もしもっと要るなら」

「おい、哲平。母さんにあまり甘いもん食わせないでやってくれ」

「正月は特別! お義父さんは俺と酒飲むんだからさ、お義母さんは和愛と甘いもん食べてればいいって。あ、二日までお義母さんは何もしないでよ。俺とお義父さんで全部やるから」

「おい! いつそんな話になったんだ?」

「今! いいじゃん、正月っくらいお義母さんは羽を伸ばすべきだよ。お義父さん、どうせ俺が帰ったらお義母さんをこき使う気満々だろ? いつも我がままばかり言ってるんだから」


 障子も貼り替えた。畳も上げてその下を掃除した。冷蔵庫や洗濯機周りも完璧だ。

 今、哲平は風呂に入っている。

「母さん……暮れになると、本当に息子がいるんだって実感するな」

「そうね。千枝のお蔭よ。哲平さん……怒られちゃうわね、哲平がいるから寂しいお正月にならないし。和愛はだんだん千枝に顔立ちが似てきて……何もかも無くなったような気がしたあの頃と大違い」

「私たちにはまだ宝があるっていうことだな」

 初詣には千枝が小さい時に着ていたという着物を仕立て直してあって、4人で記念写真を撮った。天気もいい穏やかな正月で、屋台で買ったたこ焼きやら、お好み焼きなんかをみんなで分けながら食べた。義父の食べ残した焼きそばはぺろりと哲平の腹に入る。


 帰ってから哲平が作った雑煮を食べ、義父と作った煮物や宇野本家からのお節料理を広げた。

「美味しいわね! 勝子さんが作ったの?」

「いやぁ! この味は父ちゃんだな」

「彦助さん?」

「父ちゃんはこの頃健康オタクになってるからさ、やたら薄味なんだよね。俺なんか見てないとこで醤油かけて食ってるよ」

「私たちにはちょうどいいわよね」

「年取るとこれくらいがちょうど良くなるもんなんだ」

「年取るだなんて、年寄りみたいなこと言っちゃって! な、和愛!」

「うん! お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもお年寄りには見えないよ」

「ま、この子は!」

「そんな風に言うって、和愛は何か欲しいのかな?」

 賑やかな笑い声が響く。

「お願いがあるの!」

「和愛! そういうの、駆け引きって言うんだぞ! だめだ、そんなの」

「まあまあ、どんなお願いだ?」

 孫が可愛いと言うお祖父ちゃん丸出しで甘やかす義父に哲平が顔をしかめる。

「今度授業参観があったらお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも来てほしいの」

 少し間が空いて、和愛はすごく不安になった。

「ごめんなさい…… いいよ、」

「違う! 違うよ、和愛…… お祖父ちゃんたちが行っていいんだね?」

「来てくれるの!?」

「もちろんよ。もちろんよ、和愛。最後に授業参観に行ったのはいつだったか……」

 涙の正月にしたくなくて、陽気な声で哲平が言う。

「よし! じゃ、お義父さん、お義母さん。俺、改めて頼みがあるんだ。今年仕事がすごく厳しくなるんだよ。4月から部長だから軌道に乗るまできっと大変だし。だから和愛の学校行事、手伝ってくれたら助かる!」

「でも……勝子さんも彦助さんもいるでしょう?」

「いや、適材適所ってあるから。どうもあの二人は…… もちろん宇野の親にも頼みはするけど、そこはお義父さんもお義母さんも責任持ってくれなくっちゃ。和愛の保護者は俺だけじゃないんだ、宇野の家も堂本の家も手伝ってくんないと」

 二人ともこういうことで礼を言ったり頭を下げると、哲平が本気で怒りだすのを知っている。

「分かったよ。私たちもちゃんと責任を持つよ。それでいいか?」

「ありがとう、それでいいよな、和愛」

「うん!」


 こうやって、堂本家にもちゃんと希望に満ちた新しい年が始まっていく。

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