26_サプライズ

「みんなでさぁ、出来ることってないかなぁ」

 何とも間延びした声で一人平和に聞えよがしに呟いた通称『……(いっぱいあり過ぎる。取り敢えずここでは)浜ちゃん』。

 部長は会議に行ってるし、ジェイは総務に打ち合わせに行っている。奇跡的に他のメンバーたちは忙しさもあって、今取り掛かっている大きな開発に全員が真剣に取り組んでいた。欠勤者もいない。当然誰も浜ちゃんの呟きになど反応しない。そもそも聞いてすらいない。

 また、浜ちゃんが呟くと言うよりそれなりの声を張り上げる。

「みんなでさぁ、出来ることってないかなぁ」

『うるさいな』という言葉が貼りついた顔がいくつか振り返った。だが反応はそれだけ。

「みんなでさぁ、出来ることってないかなぁ」

 さらに大きな声に幾人かの手が止まった。

「なんだよ、浜ちゃん。さっきからうるさいぞ」とは、柏木。

「独り言はトイレで呟け」とは野瀬。

 幾人かでも反応が出ればそれでいい、浜ちゃん。

「出来ること、ないですかね」

「主語が無い、主語が」

 返事と言うより独り言っぽい突っ込みは広岡だ。

「部長もジェイもいなくなるでしょ。みんなで出来ること無いかなって。そりゃ歓送会はやるけどそういう儀礼的なもんじゃなくて」

 ベテランメンバーの手が止まった。

「浜ちゃん、どういう魂胆?」

 これは、華。

「お前、それ先輩に向かって言う言葉じゃないぞ」

「いいから」

「全く。お前んとこはいつも一家揃って礼儀がなってないんだ」

「その先に進んでよ。何を言いたいわけ?」

 和田だ。


浜田:「いなくなっちゃうでしょ。何かやれないかなって思わないか? 社員旅行は無理な状態だけど、みんなで揃ってやれるようなこと」

中山:「珍しくいいこと言う」(ほとんど独り言)

澤田:「なにか、って、何?」

浜田:「思いつかないから大きな独り言言ったの!」

野瀬:「なんだ、それ?」

中山:「思い出のひとコマを作ろうっていう話ですよ、一言で片づければ」


 そこからは、『浜ちゃん』は必要が無くなる。というより、バラす危険性を考えると話に加えたくない。場所はミーティングルームに移った。

「浜ちゃん、ちょっとの間、オフィスの采配を任せる」

 浜ちゃんは破格の待遇に喜んでその任を受けた。


華 :「具体的にさ、どんなこと考えんの?」

澤田:「それ、難しいな。この場合、誰でも参加できるもんがいいだろ?」

和田:「キャンプとか?」

翔 :「それ、無理だと思いますよ。行けない人結構いるでしょ」

華 :「虫いるから俺だめ」

完 :「あんまり参加費がかかんない方がいいです」

池沢:「家族で参加出来たらいいな」(ちょうど第一部門に来ていた)

尾高:「なら難しいものはだめだね」

哲平:「手元が止まるのは有難くない。みんな、宿題。陽子、あの二人を抜かしてメーリングリストを作っといて。それでアイデアを募る。どう見ても無理なイベントは無視。そういうのやるのはいいことだと思う。だからその余力を残すためにも全員ピッチを上げて業務に取り組むこと。前倒しは3日」

全員:「えええええ!?」

哲平:「誰かそれ、まとめてくんないか?」

石尾:「俺やります」

哲平:「じゃ、頼む。以上! 仕事に戻れ!」


 すぐに井上がメーリングリストを作った。石尾が提案メールを出す。

――――――――――――

タイトル:【至急・重要】

―本文―

河野部長、ジェイ先輩の退職に当たり、イベントを開催したいと思います。

つきましては、そのアイデアを石尾宛メールにてお寄せください。

条件

1.低コスト

2.業務多忙の折、日数・時間をあまり取らないもの

3.ファミリー参加も出来るもの

4.多数参加できるもの

――――――――――――


 条件が厳しい。ファミリー参加ともなれば、出来れば夏休み中がいいだろう。夏季休暇はそれぞれ予定があるからイベント日から除外することになる。

 最初の段階では好き勝手なアイデアが寄せられた。カラオケ、飲み会、ボーリング大会などなど。宇野部長補佐にも言われた通り、石尾はそれらを無視した。

(低コストとは言っても費用捻出、考えとかないと。みんなに負担がかからないように…… いいや、常務も巻き込んじゃえ)

 哲平の頭からコストの件は消えた。


 あれから3日。

「石尾、どうだ、例の件」

 哲平と華と石尾のランチだ。

「芳しくないですね。碌なの来ないし」

「条件が厳しいかな」

「けど、譲れないよ、あれは」

 哲平はどうしても条件をクリアしたい。

「そうだけど」

 華は厳しいと思っている。そんな都合のいいアイデアがあるとは思えない。


 さらに2日が過ぎ。

――――――――――

「花火大会。会社近隣の空き地を探す。住宅地では苦情が出ることが予想されるため、オフィス街の方が都合がいいと思われる」

 石尾、俺、あの夜が忘れられない。検討してくれないか? ただ、発案は匿名で頼む。  小野寺

――――――――――


「決めました。花火大会にします」

「花火大会?」

 哲平はあの社員旅行に参加していない。けれど周りはすぐに反応した。

「いい、それ!」

 澤田が飛びついた。自分も時々思い出す。我ながらいい企画をしたと誇りに思ってもいる。哲平が指示を出した。

「各課長、チーフ、ミーティングルームに11時半集合! 5分間打ち合わせをする。華、第二部門に声かけてきてくれ」

「はい!」

 その時間なら部長もジェイもいない。


 早速ミーティングが始まる。華が簡単に企画を説明した。

「よく思いついたな! メール見た時には正直無理だと思っていたよ」

 田中が感心する。報告する華も嬉しそうだ。

「部長とジェイの人徳ですね。いいアイデアです。それで、日程を詰めたいので改めてメールを流します。出来るだけ多数参加が望ましいので、希望を募ります。これは石尾が集計。何かありますか?」

 田中が管理職らしい発言をした。

「ある程度日程が固まったら警察と消防に話を通さないとな」

「じゃ、俺が場所の候補を探しますよ。交渉もしなきゃなんないだろうし」

 中山が請け負う。

「俺もそれ、一緒にやります」

 澤田が中山に頷く。イベント屋が加われば中山としても心強い。哲平がまとめた。

「日程調整は池沢、石尾、華に任せる。場所は中山と澤田。消防と警察は」

「俺がやるよ。こういうのは上のもんがやるべきだ」

「じゃ、田中さんが担当。花火の発注は陽子。あくまでもプライベートの企画だから予算は参加者で賄う。ただし、出入りの業者を使えば安く上がる。その辺は考えてくれ」

「了解」

 哲平が時計を見る。

「他に何かあれば窓口になる石尾に連絡。企画書は石尾から出してくれ。以上、解散」


 石尾から再びメールが流れた。

――――――――――

タイトル【至急・重要②】

―本文―

R&D夏のイベント決定。

内容:花火大会

目的:来年3月河野部長、ジェローム課長補佐の退職に当たっての思い出作り。(他に異動者、退職の可能性がある者は石尾へ申告願います。希望により名前は伏せて、参加費を免除します)

 時間:20:00より(当日残業なしにするため本日より業務3日前倒し)

 場所:会社近隣(検討中)

 参加者:ファミリーでの参加、積極的に募集。

ついては日程をすり合わせたいので、出欠と都合のつきそうな日を石尾宛メールください。開催日は子どもたちの夏休み中に行いたいため、8月28日までとします。

問合せ先:石尾

――――――――――


 計画は着々と進行しつつある。


「というわけで、常務」

「分かった、分かった。俺に話を持ってくると言うことはカンパ要請ってことだな」

「だから常務、好きです!」

 溌剌とした哲平の声に、大滝は顔をしかめた。

「やめろ、お前の愛の告白は要らん」

「で、どれくらい?」

「おい、予算も分からんうちに言えるか」

「それによって中身がしょぼくなるか、二人の思い出になるほどいい企画になるかが決まります」

「脅迫か?」

「そこまではっきり言ったつもりはないんですが。常務の株が上がるか下がるか。それ、常務に任せますよ」

「お前は河野より質が悪いな。あいつも似たようなことを言ったが」

「誉め言葉と取っておきます」

「褒めとらん! そんなところもあいつにそっくりだ! ……ファミリー参加か。かなりかかりそうだな」

「かもしれません。しょぼくなるかどうかは」

「分かった! 総額の4割出す。なら文句ないだろう?」

「太っ腹! 豪華なヤツ、やります!」

「おい、アルコールは抜きだぞ」

「もちろんです」

「あちこちの許可が要る」

「外部的な交渉は田中さんがやります」

「中の根回しも要るな……」

「ありがとうございます!」

「何も言っとらん!」

「常務以上の適任者、いないですよ。人望篤いですし」

「お前とあまり仲良くなりたくない」

「またぁ! 常務のご家族も参加いかがですか?」

「花火か…… 懐かしいな。最後にやったのがいつか思い出せんくらいだよ」

「じゃ、参加でいいですね?」

「ああ。たまにはそんなのもいいだろう」

「やはり一番上の方が責任者として届けるのがいいと思うんです。重ね重ねありがとうございます!」

「……やっぱりお前とは仲良くしたくない」

「いいコンビになれそうですね。良かった、良かった! 失礼します!」

 大滝の溜息を聞く前に、哲平はさっさと出て行った。

「やりますね、宇野くん」

 秘書の成瀬だ。

「河野が宇野を推した時には大丈夫かと思ったんだがな」

「6年前ですか、インドに行く直前」

「てっきり田中推しだと思っていたからな。確かに結果としては良かったかもしれん。いかにも河野がそのつもりで育てた人材だ。パワーには元の素養があるだろうが」

「河野さんと違って見えるところはどこですか?」

「……あいつは経営陣に入れる。河野と違うところはそこだ。宇野はここに骨を埋める気でいる。河野は跡を誰かに任せる気だった。その違いだな」

(だが……河野。お前を俺の息子だと思う気持ちは変わらん。この先どうする気なんだ?)

大滝は心配でならない。必要なら手助けがしたい。


 哲平は戻って井上のところに寄った。

「陽子、OKだ。金策は必要ない。参加費は最小限に抑えられると思う。気にせずたっぷり用意してくれ。他に子ども向けの飲み物なんかも頼むな」

「はい。バケツや掃除用具はもう施設部に手配済み。期日を決めるだけにしてあるわよ」

「相変わらず仕事早いよなぁ。俺さ、部長の下で仕事叩き込まれてる連中を『河野組』って心ん中で呼んでるんだ。河野組はまだまだ伸びしろがあるんだから凄いよ! ホントのベテランって言うのはこういうのだなって思ってる」

「部長補佐。私にはそういうの要らないから。逆に言うと『褒め殺し』は通用しないからね。よろしく!」

「……河野組はこういうとこもやりにくい。やっぱ正攻法でガチに行くしかないか」

「そう思っといた方が無難よ」

「ところでさ、結婚式はいつ? 部長には言ったの?」

「踏ん切りがつかないの。だって、私って母さん込みだから」

「いいんじゃないか? 陽子の決めることだけどさ、相手を生殺しにはするなよ」

 哲平はすでにオフィスメンバーたちのメンタルを管理の目からも見始めていた。


 花火大会の日が決まった。天気も調べてある。警察、消防、近隣のビルにも話を通した。場所は夜間には車がはける会社のそばの広い駐車場だ。そこはFGS(フューチャー・ジェネレーション・システムズ)としても提携を結んでいてオーナーは快く応じてくれた。もちろんそこには大滝の口利きも効いている。

 それとなく華が部長とジェイにその日の予定を確かめていた。

(デートは無さそうだし、どうやら寛ぐつもりみたいだ)

これはサプライズの企画になっている。会場の用意は『R&Dファミリーの会』が中心になって動く。もちろん指揮を執るのはありさだ。


 花火大会の前日。河野部長は会議から戻ってデスクの上に赤いシールのリボンが付いたクリーム色の封筒を見つけた。同じく4階での休憩から戻ったジェイも同じような封筒を手に取る。二人は中身を読んで首を傾げた。


―――招待状―――


河野蓮司さま

日頃よりお世話になっております。

さて、8月28日金曜日20時にR&D企画のイベントを催します。

つきましては、加賀第二駐車場にお越しくださいませ。

心よりお待ち申し上げております。


R&D 一同

―――――――――


 ジェイに届いている内容も同じものだ。



「花火大会!?」

 和愛が思わず叫ぶ。

「そうだよ。浴衣着ていくか?」

 浴衣姿。今年は和愛は浴衣を着ていない。どうしても華月に見せたい。


 華音もそうだ。ジェイに浴衣姿で抱っこしてもらいたい。そして一緒に線香花火をやりたい。


 華月は恥ずかしくて浴衣を着たことが無い。けれど今年はちょっと違う。能をやっているお祖父ちゃんのところに2泊した時に見事な舞を見せられた。だから着物を着てみたい。そして芸術に興味を持ち始めていた。


 穂高は浴衣を着慣れている。下駄も履き慣れていた。浴衣姿はなかなか堂に入っていて、いつもにも増して安定感がある。


 椿紗は浴衣を着たいと泣いた。電話で華音が「浴衣を着る」と言ったからだ。花火大会はもう明日だ。莉々が日中に一緒に買いに行くことでやっと落ち着いた。


 都合のつかない者もいる。若い者にはそれほどの感慨も無かったりする。けれど、大方のベテランたちにとって、これはただの花火大会じゃない。ぱぁっとこれからの部長とジェイの未来が華開いて欲しい。部長には驚くような未来が広がって欲しいし、ジェイにはもう暗いものが近づかない未来であってほしい。

 そんな意味も込めたイベント。たくさんのファミリーと仲間たちが、『R&D河野組』を讃えるのだ。

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