41_華音のめんどくさい事情

 山下くんが鬱陶しい。何かというと『華音ちゃん、可愛いよね』と聞えよがしに言うのが聞こえてくる。他にも井沢くんが鬱陶しいし、高木くんが鬱陶しい。掃除をしていても何か運ぶものがあっても、いちいち声をかけてくる。

『僕がやってあげるよ』

 華音にすれば、余計なお世話だ。


 男の子の間で絶大な人気を得ている華音は、それを嬉しいと思ったことが無い。なにせ相手は『子ども』だ。自分を軽々と抱き上げてくれるわけじゃないし、同じ呼び方だけれどジェイくんの『華音ちゃん』と呼んでくれる声とは比べ物にならないほど幼稚な声だ。何もかもジェイくんが基準の華音にとっては、教室に『男の子』はいないも同然。

 そこに転校生がやってきた。

「今日からみんなと一緒に勉強する菅野すがのこうくんです。菅野くんはお父さんのお仕事の都合で転校して来ました。学校の中も分からないと思うので、困っていたらみんなで助けてあげてね」

 華音は昂くんから目が離れなかった。似ているのだ、ジェイくんに。目の色が少し違う。髪は天然パーマで少し長い。俯きがちの昂は周りのガキっぽい男の子たちの中で一際大人っぽく見えた。


 休み時間、みんながいろいろ話しかけている。

「ね、どうして目の色が違うの?」

「髪、女みたいだ。美容院に行ってんのか?」

「お前ってホントに男?」

「うるさいんだけど。いいじゃない、少しみんなと違ってたって」

 華音がめんどくさそうに大声を出す。

「でもこいつ、外人みたいだ」

 その一言で華音の態度が決まった。立ち上がっていきなり晃の手を引っ張る。

「学校の中、教えてあげる! 行こ!」


 急に連れ出された晃が廊下で華音の手を振り払った。

「俺、困る。来たばっかりだから放っておいてくんない?」

 晃は転校したての心細さを抱えていた。けれどそれを見せないように一生懸命普通の顔をしている。

 そんなことをされたのも言われたのも初めての華音。持って生まれた反発心がむくむく育ってくる。

「あんな風に言われて頭に来ないの?」

「別に。しょうがないよ、俺の祖父ちゃんはドイツ人だし」

(ジェイくんみたいだ!)

「分かんないこと、男子に聞くからもう話しかけないで」

 さっさと教室に戻って行く昂は、頭には来るけれどすごく印象深くて心に残った。


「お帰りー、華音ちゃん」

「ジェイくん!」

 両手を出して飛びつくとすぐに抱き上げてくれたジェイくん。

「今日はね、仕事で外出してそのまま帰っていいって言われたんだよ。だから来ちゃった。夕ご飯ご馳走になっていくけどいいかな?」

「うん! お泊りは?」

「夜は帰んなくちゃなんないよ。だって着替えが無いから」

 にこにこと話してくれるジェイくんはやっぱり最高だと思う。

(昂くんだって子どもだよ。やっぱりジェイくんがいい!)

 けれど今日はせっかくジェイくんがいるのに、いつの間にか昂のことを考えてしまう。

(あんな子、どうでもいいのに)

そう思うけれど、どこか寂し気な顔が浮かぶ。

「華音ちゃん、どうかした? 今日は元気無いね」

「なんでもない! ジェイくん、お膝に座っていい?」

「いいよ」

 いつものようにジェイくんの膝に座る。お父さんがまだ帰ってこないからやりたい放題のはずだ。けれど……

(なんか、やだ)

 自分の気持ちがよく分からなくて、ジェイくんの話に上の空の華音だった。

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