46_なかパパの有くん -3

 で? という顔をするありさに華が軽く話した。

「中山さん、子ども連れてきたんだ、ここに参加したいって」

「子ども? 中山、子どもいるのか?」

 さすがに池沢も他の面々も驚く。

「こんばんはぁ」

「なんだよ、また話し直さないと。ジェイ! こっち!」

 ジェイとぶちょーが顔を出す。

「そこで一緒になって」

 言わなくていいことをジェイが言うから、華は心の中で(バカ!)と叫ぶ。

「いいから、そんなの。河野さん、いらっしゃい」

「泊まりにって、こんなに大勢引き受ける気か、華?」

「今日はみんなで酔っぱらって雑魚寝! こちら、中山さんの」

「響子さん、来てたんですか」

「はい。お久しぶりです」

 全員が思う。このぶちょーが知らないことってあるんだろうか? と。

「はい、その言葉遣い、おしまい。今日から『親父の会』メンバーだからね」

「メンバー? 中山、子どもが出来たのか?」

「っていうかさ、今日一緒に来てるんだ。今子ども部屋に行ってる」

 さすがにぶちょーも驚いている。

「河野さんでも知らないことってあるんだ」

 哲平が嬉しそうに言って頭をぶちょーに叩かれた。


「そんなことより。言えよ、なんで黙ってたんだ? 祝い用意してない」

 みんなの祝い事は全て把握して祝いを欠かさない蓮が困った顔をする。

「つい…… 今日はみんなに有のことを知ってもらいたくて来たんです」

「ゆうくんって言うの?」

「あ、響子さん。こいつはジェイ。R&Dのお子さま」

「お子さまって」

 華の紹介にぶうっと膨れた顔に響子さんの顔付がちょっと緩んだ。ジェイのことなら中山からよく話を聞いている。

「知ってほしいことって?」

 ありさが先を促す。中山はこの前の写真を出した。

「俺の息子です。去年1月に生まれました」

 すっと言葉が出ないみんなと違って写真にすぐ反応したのはジェイだ。

「ハーフなの? 俺の子どもの頃の写真よりはっきりした顔してる!」

「ああ、外国の血が混ざっている。この子はハーフなんだ」

 それがどういうことか、ある程度の推測はつくが誰も言わない。

「どこの国? アメリカじゃないよね、俺とは全然違うし。でも中山さん、日本人じゃなかったの?」

「ばか、日本人だよ」

 中山が苦笑する。

「聞いてほしい。この先、何度もこういうことを経験すると思ってる。けど説明なんてことするのはこれっきりにしたい」

 その真剣な顔に哲平が応じた。

「いいよ、話せよ。俺たちはべたべたしたファミリーだからな、なんでも聞いてやる」

「……帰りたい、お願い、帰ろう。やっぱり無理。帰ろう」

 響子が腰を上げ、中山の腕を引っ張った。

「そうやってずっと有と閉じこもっている気か? それはだめだ、俺はお前も有も大切なんだ。みんな、話は短いんだ。俺には子どもを作る力が無い。だから第三者の精子を提供してもらった。そのためにアメリカに行ってきた。そしてあの子が生まれた。俺たちは日本人と登録していたけど生まれたのはあの子だ。話はそれだけ」


 誰もがどう話を切り出していいか分からずにいた。

「あの、それって何か問題なの? えっと、自分たちの子どもが欲しいから頑張って産んだんでしょ? 中山さん、有くんのこと大切にするって言ってるし。俺だって第三者の精子を提供されるって意味くらい分かるよ、こう見えても29歳だからね」

 いいことを言っているような、違うような。

「問題なんか無いよ、ジェイ。何も無いと俺は思ってるんだ。でも響子は……心配で堪らないんだよな、何もかも」

「それ、当たり前なんじゃないの? 響子さん、あ、響子ちゃんでいい? 響子ちゃんの心配って、さっきジェイがけろっと言ったようなことでしょ? 『ハーフなの?』って。さらに悪意がある人なら『ナニ人の子ども?』なんて聞くかもしれない」

 ジェイには、脆くなっている響子さんの心がまるで警報を鳴らしているかのように聞こえた。

「三途さん! 酷いよ、それ!」

「バカね、これから先何度だってそんな思いをするのよ。けどね、響子ちゃんのお腹から生まれたってことが大事なこと。欲しくて堪らなかった赤ちゃんをやっと授かった。そういうことよね? 中山ちゃん」

「俺、欲しかった、子どもが。ずい分早い段階から分かってたんだ、俺に原因があるって。けど諦められなかった。無駄だって知っててもネットでいろんな方法を探して、それで行きついたのがその方法だったんだ」

「中山。それで今、幸せか?」

「幸せだよ、池沢さん。最高の気分だ、毎日働いていても張りがある」

「響子さん、何が心配なんだ? あなたのご主人はちっとやそっとのことで揺らぐような男じゃない。俺は心配さえしたことが無い。中山が大丈夫だと言えば、それは間違いないことなんだよ」

「部長さん…… お子さん、いらっしゃらないですよね? この子は見た目がこうです。しかも何人なのか、国籍さえ分からない人の子どもなんです! なのに私たち二人とも日本人…… これからどんな目に遭うかも分からない…… この人もいつか私たちから離れて行くかもしれない……」

 誰が怒るよりも先にジェイが話しかけた。

「本気でそんなこと、思ってないでしょ? だって響子さん、中山さんがそんな人じゃないってみんなが知ってる。有くんは幸せだよ。こんなにお父さんとお母さんに真剣に思われてるんだから。愛されてれば大丈夫だよ」

「あなたに何が分かるの!?」

「響子っ!」

 温厚な夫に怒られてジェイの話を思い出した。悪いことを言ったのだと後悔する。

「怒んないで! 怒んないで、中山さん。お願い。響子さん、誰かが分かってくれればそれでいいって思わない? 俺はそう思うんだ。世界中の人に分かってもらう必要はないんだって。大事な仲間に受け入れてもらえなかったら辛いけど、ここの人たちはそうじゃないって俺は信じてる。だからちゃんと生きていけるんだよ」

「響子さん、人はあれこれ聞いたり言ったりするけど、それが全てじゃない。ジェイの言った通りだよ」

 ジェイの言葉も哲平の言葉も響子さんの胸に響いていた。

「でも……私、頑張れるって言う自信、無いんです……」

 莉々がそばに座って響子の体をハグした。

「私たちがいるじゃないの! 手っ取り早くそこから始めましょ。ね、仲良くなろ? 日本人って確かに心が狭いとこがあるけど、みんながそうってわけじゃない。有くんに戦う心を育ててあげようよ。それから許す心もね」

 響子さんの頬に涙が伝う。中山の手に力が入る。

「そうしよう、響子。今は一人にならないでほしいんだ。お前のためにも有のためにも良くないって思う。みんなに甘えよう」


 夕食では何が気に入ったのか、有くんは今ジェイに抱かれてぺっとりと胸にくっついていた。華音が有に食べさせているジェイを恨めしそうに見ている。

「ジェイは子どもに好かれるよな。なんでだろ、ジェイに抱かれて泣き出す子って見たこと無いんだけど」

 広岡が不思議そうだ。

「ジェイ自身が子どもみたいだからね。分かるんじゃないの? 同じレベルだって」

「華さんは他の赤ちゃん泣かすの上手だよね!」

「うるさい! お前は黙って有の世話してろ」

 あっという間に有を受け入れられたことに、響子さんの顔は来た時よりも穏やかになっていた。

 子どもたちを寝かしつけると、女性は井戸端会議へ、男性は宴会へと分かれた。響子さんは女性同士のお喋りをあまりしたことがないのだと聞いて、ありさ、莉々、真理恵が早速引っ張って行ってしまった。


「いいのか? このウチに出入りしてると響子さんの女性らしさは消えるかもしれないぞ?」

 池沢の脅しに中山はしれっと答えた。

「響子の女性らしさはそう簡単に消えないから」

「凄いな! いつ知り合ったんだ? 大学か?」

「いえ、見合いで」

「恋愛結婚じゃないの!?」

 華が素っ頓狂な声を上げる。

「お互い初めての見合いだったんだ。特に何も無かったから結婚したんだよ」

「愛から始まんなかったってこと?」

「華はロマンティックだな。知らないか? たくさんの男女が集まってまるで合コンみたいに」

「見合いパーティー!?」

「そう、それ。俺、ずい分遊んでたからそういうのが新鮮だったんだよ。それで最初に挨拶した響子と結婚したんだ」

 見合いパーティーで知り合ったというのも驚きだが、遊んでいたという言葉に一層驚く。

「お前ってそういうキャラに見えないがな」

「河野さん、誰にだって若気の至りってのがあります」

「ここにいるお子様には無かったみたいだけどね」

「俺? お子さまじゃないよっ、華さん!」

「バカ! カリントウ先に飲み込め!」

 また慌てて蓮がタオルを取りに行った。

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