第7話 沈黙のわけです

「試着する時とかに邪魔だったりしない?  付けてって大丈夫?」


 高校に入って間もない頃だった。

 女子の一人にいつも挨拶してくれる人がいた。休みの日に遊びに行く話をしていたので、思い切って一緒に連れて行ってほしいとパペタ氏と二人で頼んだことがある。

 

 K市には南北に伸びるJRと、街中を走ってない北陸鉄道しかない。正確には新幹線ができてから、JRだった一部が別会社の運営になっているが、理由を聞いてもいまいち理解できないし、地元民の理解ではJRのままだ。

 当日、私は最寄り駅まで歩いて、待ち合わせのK駅まで電車で行くことにした。普段は乗らないので旅行してるみたいな気分になる。

 通学は自転車だし、普段の移動は親の車なのだ。私に限らず大体みんな同じだ。学校から家が遠い生徒はバス通学なので、普段から電車に乗る習慣のある生徒は存在しない。電車は旅行に行く時の乗りものである。私だけがというわけじゃない。

 

 颯爽と改札を抜けて、ショッピングモール前に行くと、彼女はいつものように挨拶してくれた。何かを言いたそうにしている気がしたので、聞いてみたら、私がパペタ氏を右手に付けたままなので驚いたらしい。

 パペタ氏を付けていって大丈夫かと問われて、うん、と頷こうとしたところで、彼女はもっと別のことを言いたいのではないかとようやく気づいた。一団の中で私が妙に目立つ。親が買い与えてくれた服――袖のパフっとふくらんだワンピースは麻の素材色だ。みんなは鮮やかな配色で、K-POPアイドルっぽい恰好だったので、素材感の漂いまくる私のよそ行きのワンピースは異彩を放って浮いている。コンサート会場に辿り着いたものの日付を間違えていた別界隈の人みたいになっている。多分、ドール展示会とか、そんなの。


 もしかしたら、パペタ氏のことを言いたいんじゃないのかもな?

 私の恰好がみんなと合ってないので困っているのか、両方かな?


 たまにしか乗らない電車にまた乗って、私は家に帰った。


 友達みたいな顔してごめん。

 週明け、彼女は変わらずにいてくれたけど、挨拶以外に話をするということはなかった。

  


「二人だけってはじめてかもね」


 みんなには衣装作りの作業を続けてもらうことにして、教室を抜け出した私たちは二人で廊下を歩いている。

 

 また友達みたいなことをしようとしているだけなのか?

 ううん、前とは少し違うように思うんじゃよ。 


 **


 旧校舎に入ると、他クラスの生徒の何人の何組かが大階段で憩っていた。

 高3生だけの登校はもう3日目なので、暇を見つけた者たちが普段と違う旧校舎の過ごしやすさに気付いたのだ。こんな満喫できる機会はもうないからね。

 

 まあ別に構わない。うちのクラスの人たちの前で言いたくなかっただけで、他クラスのことは知らん。さっそく切り出した。

 

「まず、言っておく」


 大階段を上りながら、やたらデカい声を出してみる。意図せず降秋くんがバカみたいに騒ぐ感じになったが続ける。


「劇は脚本も演出も主演も左織だからね。好きにすればいいと思っている。私が出なくても劇は成立するし、好き勝手に言いたいことを伝えようと思って左織を此処ここに連れて来たってわけ。みんなは遠慮して言わないかもだが、私はそういうの知らんし分からんから思ったとおりに言おうと思うんじゃよ」


 聞き取りやすい、はっきりした声を心掛けた結果、周囲を顧りみない降秋くん的なやべー奴の雰囲気になった。階段にいた者たちが私をちらっと見てから眼をそらす。外に出てゆく者もいる。いいよ勝手にしてくれ。


 ありがとう、とでも言いたげに動じない左織の横顔。

 

 私たちの右足は同時に踊り場に到達した。

  

 手すり近くに立った彼女との距離を保ちながら、コンパスで弧を描くみたいに私は移動して踊り場の中央に立つ。


 左織は有名人なので、旧校舎に残る者たちの注目を浴びている。知らん。


「誰も左織みたいにはできないんだから、さっきのやり方は良くないよ。みんな委縮しちゃって自分の演技ができなくなる、もっと自由にさせろ」


 簡潔に言った。誰もの胸中を心眼的に察することのできる左織が、さっきの皆の動揺を見逃すはずはないし、もしかして私が言わなくても、彼女は軌道修正したのかもしれないが、知らん。


 なんでこんなに私は怒ってるんだろうか?

 言いたいことをとりあえず言ったら急に冷静が戻ってきた。


 右手のパペタ氏を眺めて考えているうち。


「まだ喋らない?」


 左織はパペタ氏のことを聞く。今はそんな話をしてるんじゃないんだ。……でも、私が怒っているのは、パペタ氏にも関係がある。

 パペタ氏が沈黙を続けている理由を私は今は言うことができる気がした。


 旧校舎のひんやりした空気で冴えた頭で思考して、パペタ氏の変化を私はすっかり把握した。 

 

 右手のパペタ氏はくたっとしている――


「今日の稽古のことは、そうだね、朱背の言ってるのはよく分かるよ」


 そう言いながら、反省とかしている気配はない、なぜだ。彼女は完璧すぎるのかな、分からない。


「まだ喋らない?」

 

 しきりにパペタ氏を気にする左織。


 怒りがまた湧いてきて、もう言ってしまうことにした、パペタ氏の秘密も、いや、別に秘密でもない。


「パペタ氏は喋らないよ、もう私の元から去ったんだ」   


 イマジナリーフレンド――主に幼年期に現れる空想上の仲間。実際にいるように一緒に遊んだり話をする相手となる。成長にともなってほとんどが自然と消える。

 

 パペタ氏が、私の「イマジナリーフレンド」であったことを彼女に伝える。そしてもう消えたのだ。


 どうして? と聞きたげな左織。


「パペタ氏だけが友達だった、ずっと。もう今はそうじゃないからな」


 私は続けて。


「左織がどうか知らないけど、左織のことを友達だと思ってる、私の心の中で勝手にそう思ってるってわけ」


 怒っているのはそのせいだ、多分。


 驚くこともなく、彼女は頷いた。


「だから、パペタ氏は安心しちゃって去ったんだ。どこに行ったのかは知らないけど、私の心の中にはもういない。パペットの魂の世界に帰ったんじゃないか」

「バイバイも言わないで?」

 

 左織の問いかけにはわずかな怒気がある。

  

「パペタ氏は、朱背の「イマジナリーフレンド」だったということ?」

「そうだよ」

「私と友達になったから、彼は役目を終えて、パペットの魂の世界に帰った?」

「そうだよ」


 なぜか私の言ったことを繰り返して確認してから、歌うような声音で告げる。


「パペタ氏が沈黙してるのは朱背が思ってるのとは違う理由だから私が説明してあげる。そうしないと朱背は誤解したままでしょ。パペタ氏はどこにも行ってない」


 左織が少し怒っているのがなぜか分からない。

 彼女はずっとパペタ氏を見ている――

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