第6話 ごっこじゃないお姫様

 ――うるさいから黙ってって、そう言ったのは嘘です

 ――見せたくなかっただけ、笑った顔で思い出してね


 潤いのある透きとおった声で歌いはじめた。冒頭には伴奏はない。隣にいる左織の顔と私のを、驚いた視線が行き交う。

 

 左織の声真似は難しい。余裕はないけど教室内に響く声量ならかなり近くまで再現できる。


 私というパペットを使って腹話術をはじめたみたいにして皆は驚き、口を固く結んだ真顔の左織を眺めたり、音の出所を確かめようと天井にあるスピーカーを見たりしている。

 

 歌っているのが私だと分かって、視線がこちらに集まりはじめた。


 ――私の顔は綺麗だけど、笑うと幼く見えるでしょ

 ――あなたの顔は変、見たら吹き出しそうになるよ


 公女プリンセスは超絶に綺麗なひねくれ者なのだ。

 そして一途に王子様を好いている。

 気持ちと言動が一致しない系の公女プリンセスを、左織がるから味があるのだがなぁ。


 春雨! 


 余裕がない中で、思念を彼に送った。うんうんすっごい似てる、と頷いている。ダメ王子!


 ――片方脱げちゃったから、残ってた靴は投げ捨てたけど

 ――私が通ったの黙ってて、靴は拾って巣穴に隠しといて

 ――破れてもドレスは綺麗でしょ、私は幼く見えるかしら


 パイプオルガンの重厚な音が鳴り響く。

 

 悲壮感の漂うメロディ。森の中を一人きりで逃げていることを示している。

 公女プリンセスは陽気な性格なのか、それとも楽しそうに歌っているだけなのか分からない。ふつうに考えたら後者だが……とにかく、ひねくれ者だからな。

 飯田が作ったメイン曲が流れる間に、足場からばっと登場人物が走って来る時だ。


 次は、公女プリンセスじゃないんだけど……。

 どうする? どうすんの? 二人でって言ってたけど配役は……。隣に眼をやると。


『日が暮れれば獣が出るぞ、はあ? 私は親切に教えてやっているのだが』


 隣の左織が低い声音で「絶望」の台詞を言う。

 王子不在の劇で、やたらかっこいい悪役である。冥府の王みたいな奴なので黒ベロアのテールコートはうってつけに思える。  


『今なら引き返せば森を抜けられます。逃げるなんて全然姫様らしくない。国王様の毒殺を図ったなどという濡れ衣、正々堂々と晴らせばよいのです』


 もう一人のメイン、ピエロみたいな装飾過多な衣装の従者は「迷い」である。軽薄だが憎めない感じで台詞が言われた。


 どうやら、公女プリンセス以外の16人は全部、左織がる様子。


 自分の台詞を他人がったら、全く別物に感じるのだと思う。本来の「絶望」と「迷い」の二人は呆然としてる。

 左織は、元々の彼らの演技に似せようとはしていない。

 そうだってできるはずだが、違うのを見せている。

 

 高みを目指しすぎていないか? 誰も左織以上にはできないのに。


 私はじっと左織の顔を覗き込んで、思い切って稽古の中断を宣言するか一応迷った。

 

 楽しく自分なりの演技をすればいいじゃないか……。劇のラストではみんな仲良くに踊って、ハッピーにエンドする野外劇も素敵だと思うけどな。準備は残り3日、左織の鬼演出にみんなは付いてゆけないかもしれない。

  

 頑張りすぎって誰かが言ってあげなきゃダメなんじゃないか……。


 結局、中断を私は言い出すことができず、稽古は終幕まで続けた。


 みんなの顔は苦悩を隠しきれていない。演技を真面目に考えるほどには劇に打ち込んできたのは知っている。


 振り返るとスクリーンの時間は止まっていた。


 -28:59・324


 野外劇はひとクラス最大で30分。時間を過ぎるとタイムキーパーがベルを鳴らして強制終了になる。なので、突発的な出来事に備えて、少しだけ余裕を持たせている。


 左織が間違ってても、左織だからなあ、誰も何も言えないんじゃないか。

 なぜかさっぱり分からないが自分が言うべき、という気がしてならない。

 

 パペタ氏、どう思う? 返事はない。


 劇でいなくていい端役は厳密には私だけだ。春雨は絶対に必要なのだ。


 もう一度、春雨に思念を飛ばすが、まだ拍手を続けている。うん、台詞ないからね。彼には彼の別の試練があるから、そっちに集中してくれ。早めによろしく。


 春雨が私たち二人に向ける拍手の中で気持ちを確かめる。


 私は彼女に言ってやろうと思うんじゃよ。

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