第4篇 推理したら踊ってよ

第1話 お祭り前の愉快な気分

「え、私ですか……はい、分かりました」


 最終リハーサル――衣装も音響も本番どおりの通し稽古を終えた私たちは、程よい疲れを感じながら、その足で旧校舎にやってきた。

 古式ゆかしい木造建築には、いつもと違ってフルーティな香りが満ちている。さっき女子たちが衣装の上からデオドラントを振り撒いたのだ。気持ちは分かる。陽の傾いた時間を選んだがグラウンドはやはり灼熱であった。衣装が汗を吸って重くなっている気がする。


 でも着替えるわけにもいかない。


 リハーサルの後、大階段で集合写真を撮ろうということになったのだ。言い出したのは誰だったかな?


 おとなしい象牙色のドレスはパニエでふわっとふくらんでいて、ふんだんに施された金糸の刺繍が映える。生地の絹のような生地の艶は陽の光の中では一層豪華に見える。ポリエステル最高。左織の公女プリンセスの衣装だ。私は黒ローブの者である。

 裏方組は、背中に『バイバイ王子様』のタイトルロゴが入ったお揃いのTシャツを着ている。ロゴは飯田が何かのアプリでちゃちゃっと作ったのだがそうとは思えない「ぽさ」がある。インスタで鍛えられた飯田のセンスが光っている。


 一度、大階段に規則正しく並んでみたが、資料集に載ってる閣僚っぽくなったので、構図を崩して各自が自由な位置とポーズを取ってみることになった。


「朱背は左織の隣へ移って」「そうだね」「もっと寄って」


 何人かに言われて驚いた私の返事は丁寧語になったが、言われたとおりに隅っこから移動する。

 思い思いにみんなは割と突飛なポージングをする中で、真ん中の私たち二人は内閣発足的な厳かな立ち姿である。

 

 ちらっと横に眼を遣る。

 美しい横顔。迷いの色は見えない。

 メインキャラクターの方の「迷い」は、自分より大きな「絶望」をお姫様だっこしようと力んで立ち上がり、まだふらふらとしているので肩や背中を周囲の女子たちが手を添えて支えた。


「撮るよー、もう動画とってるけど、写真も撮るよー」


 スマホを構えてずっと笑い声を上げてた飯田が、誰かに手のものを渡した。

 彼は私たちより先に旧校舎にいた他クラスの者だが、雑な頼み方でも快く応じてくれた。走ってきた飯田が私たちの前方に割り込んでぎゅうぎゅうに位置取る。見たことないピースだなと思ったが、周囲を見ると何人かやってるので流行ってるのかもしれない。


 踊り場にシャッター音が鳴り響く。



 高3の8月29日は今日しかない。疲れしかないが、後になって振り返えれば懐かしく感じるのかもしれない。いい写真になったと思う、疲れた。

 稽古をはじめてから5日が経つ。明日は午後から「仮装行列」があるので、稽古できるのあ今日が最後だった。最終リハーサルも終わった。


 野外劇の準備は全て、できることは全部もうやったのだ。


「真ん中の魔女みたいな人、もっと笑ってー」


 飯田のスマホを握る彼が多分私のことに言及した。


 無理に笑おうとすると変顔になるのを知っているので、カメラを向いたまま、視界に見える春雨と背負われた縫丸ヌイマルについて思いを馳せた。


「いいねー、撮るよー」


 再びシャッター音が再び鳴り響く。


 明日はきっと、あっという間に過ぎて、明後日はもう野外劇の本番である。

 緊張するかと言うとまあほどほどに。左織の歌が聞けるのは純粋に嬉しい。


 これだけ準備したら、どうやったって最高にしかならないんじゃない?

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