第4話 喋らないパペット
「わたくしはパペタ、白クマ執事です」
パペタが喋らないことを知らせると、春雨は針を指先にぶっ刺したみたいな表情をした。
彼に背負われた
パペットとぬいぐるみの違いはあるが、同じソフトな存在なので、不思議な力でパペタ氏の封印が解かれるという可能性を試したのだがそんなのは現実世界ではあり得ない。白山の伏流水には神聖な力があると思うけど、あれは別のものだ、現実の神聖な力。
パペタ氏に二人で交互に話しかけてみたが反応はない。
春雨の声はどちらかというと軽く丸みのある声音だが、彼が試しに低い声をしてパペタ氏の真似をしてくれたりもした。
「ダメか?」
今までパペタ氏が喋ってくれていたのが神秘的な、奇跡に近いものだったのか……。
大きく首を振ったので顔からずり落ちそうになるハンカチを元の位置に戻した。
表情を保てないので今は隠しておきたい。
「どうしたの?」「顔のハンカチどうやってるの、手品?」「気分悪いとか?」
飯田や「絶望」の衣装メンバーたちも集まってきた。みんなの声には心配がこめられている。
でも、パペタ氏の沈黙を彼女たちにうまく説明する方法が思い付かない。
そして、私は嘘をつくということも全然できない者である。迷った末に。
「あのー、喋ってくれないんです、パペタ氏が。私は実に困っています」
そのまま言ってみた。
……いいえ、喉は絶好調だと思います。
はい、声が枯れたとか、出せないということじゃなくてですね。
自然と喋ってくれていたパペットについて説明することができずに黙る。
周囲の困惑がハンカチ越しに伝わってきたが、どうしようもできない。見つめられていることにも耐えきれそうにない。多分、私の顔はのぼせたみたいに真っ赤になっているので肌色を見られるだけで救急車案件になってしまう可能性がある。ヤバめに頭に血が上ってきたのか、視界にキラキラした花火の終わりみたいな光の粒が飛んでいる。
走って逃げる……か?
そうすると多分、途中でぶっ倒れてしまう予感が100パーセント。私は素早くしゃがみながら皆に背を向け顔を隠した。そのまま壁沿いをカニ歩きしようとしたが、ぶつかって進めない。硬い。何となく春雨の脚だと分かる。反対に移動しても窓際の腰壁まで行けるだけだ。移動先を失って身体が縮こまる。
このままでは本当に変わり者みたいに思われてしまう。
普通なんです。今はあんまり元気じゃないが、何か言わなきゃ、あー、あのー私は……10分ぐらい放置してくれたら自然と回復するかもしれませんので。いや、どうでしょうか?
私は嘘を付くのが苦手というかできないので、ありのまま正直に言ってこの場を逃れるようにうまく説明しないといけない。
カニ姿のまま、考えあぐねているうち。
『石に置かれたら、大きな手に掴まれてな、別んとこにおるんやけどおぉ、どこやろうねえ
左織だ。100年前の村人みたいな訛り方をした
「声真似してたんじゃなくて、パペタ氏は自分で喋ってるみたいに聞こえてたよ、ちゃんと。人形劇はシナリオなしで
はい。パペタ氏と一緒に考えた掛け合いを別の公演でやるのはありました。
毎回、ちょっとずつ違うお話になってゆくんですが。でも、もう人形劇の公演もできません。
「声は大丈夫?」「はい、絶好調に近いと感じております」
ふわっと甲羅を、じゃない、背中を撫でられて、びっくりしたけど優しさも感じ取った。
「じゃあ、稽古したらどうかな? パペタ氏は今日はお休みしてもらって」
左織が野外劇については鬼だということを忘れていた。
甘い慰めを期待してしまって恥ずかしくなった。自分を震い立たせる。
「はい、台詞も踊りも覚えてますんで、今日はどなたかの代役します」
稽古に付き合いますぜ的に言うと、一瞬驚いた顔を見せる左織。
「じゃあ、最初から通しでやってみようよ」
どの役をでしょう。
「オープニングからだね」
左織の喉には何も問題ないと認識してますが……、と問いかけようとするうちに手渡される塩飴。左手で顔のハンカチを押さえていたので私はパペタ氏で受け取った――
「5分したら始めるね」
左織から合図を受けた、音響チーフの飯田が、間に合わないぃ、とか喚きながら鞄から取り出したパソコンを開いて作業をはじめた。
オープニングは
左織の喉には何も問題ないと認識してますが……。
オープニングは
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