第3話 アイコンがちょっと変

「アカウント消えてない?」


 とにかく衣装を着て用意しておこうよ、左織に盛大に文句を言ってやろうって、慌てて男子を教室から追い出した。更衣室はもういっぱいで使えないだろうから。廊下で着替えればいいんじゃないか。


 圧倒的素早さで黒ローブに着替え終わったので、ピエロみたいな装飾過多の「迷い」を手伝ってやろうとした時に、誰かが驚いて声を上げた。


 衣装を放し、皆がスマホを取って確認しはじめる。

 

 左織が遅刻、なんという好機だとメッセージを送りつけても応答のなかったアカウント――明朝体「左」のアイコンが今は何度検索しても見つからない。

 

 カーテンを引いた扉の向こう側、廊下で男子たちも騒ぎはじめた。


 どういうこと? とにかく意味が分からないから飯田に聞いてみる。


「アカウントを一時停止してるんじゃないかな、理由は分からないけど」


 完全に削除した可能性もあるけど、何かあったらふつうは一時停止するんじゃない、ってことらしいが、やっぱり理由は分からない。

 

 野外劇の準備は、左織を中心にやり取りしてきたし、鍵アカウントなのでクラス内の画像や動画も掲載していた。昨日の「絶望」をお姫様だっこする「迷い」の動画も見ることはできない。いや、飯田が別角度から撮ったのを上げていたが、そういう問題じゃない。混乱してきた。黒ローブは暑い。


 オフショルダーとかじゃないのに肩や背中を出したままの者たちはとりあえず着装を済ますことにした。そうしないと男子は教室に戻ってこれない。


 衣装チーフが個別に点検してオッケーがでた。


 廊下に向けて声をかける。


「おい春雨、入ってきなさい。君、何かしでかしてないか?」


 何のことかさっぱり分からん、の顔をした彼が教室に戻ってきた。

 黒ローブはまあまあ似合っている。尋問をはじめようとしたところで。


「あ、戻った」


 アカウントを探しているのか、別の方法でコンタクトを取ろうしているのか、画面を高速で叩き続けていた飯田が声を上げた。


 明朝体の「左」アイコンが復活している。


 過去の動画もそのままだ。

 おや、縫丸ヌイマルを隠し撮った写真、これは見逃していたな。でも今はそういう時ではない。

 

 飯田が今何かしたの?


 違うらしい。左織のアカウントは一時停止されてから先ほど再開された。


「もう移動しないと間に合わないかも」


 心配性ぎみな「迷い」が困り果てた声を上げる。


 石碑――今はグラウンド横、クロマツゾーンにあるが、元々はK城の近くにあったものだ。碑文がなければ単なる巨岩。どうやって運んだかと想像すると多分エジプトのピラミッドみたいな?


 別に私たちが今から岩を運ぶわけではなく、K城から我が校までを野外劇の衣装を着て練り歩くだけだ。集合時間は12時。K城公園の指定の場所、ホタルが成長を続けている白鳥路ほとりまで私たちは今から徒歩でゆかねばならない。


 プラカード――『グッバイ王子様』と書かれた看板から伸びる棒を「迷い」は握りしめている。行列の先頭を歩く係なのだ。彼女はやや小柄で、ピエロ風の衣装を着ると善悪の区別がない妖精みたいな雰囲気になる。妖精族に人間の道理を理解するのは難しいことである。人間の本人は心配性ぎみなので、行列を先導するのは劇より緊張するとさっき言っていた。


 左織を待つか、もう移動を開始するか決めなければいけない。

 移動するなら左織の衣装を誰かが運ぶ必要がある。どうする?

 アカウントが戻ったなら返事を待つ……か? 移動を開始したことを伝えるか? どうする?

 

 スマホからの通知音が重なり、教室の戸惑う空気を震わせた。


 ――新規投稿1件


 「左」アイコンの下、新たに追加された画像には文字が並んでいる。

 ざっと流し読んだが、意味が理解できずに最初から読み直す。

 タップして拡大。勘違いなんかせず正確に理解するよう、文字を差した指をゆっくりと進める。自然と読むのが声に出ている。



 劇には出れません



 なんだこれ。

 何度見ても意味が1グラムも汲み取れない。頭が受け付けない。

 

 私たちは左織のドレスを抱えて出発することにした――

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