推理したら踊ってよ

尚乃

第1篇 恋はまだ終わってない

第1話 際立つ変わり者の二人

「あ……」


 I県立泉沢高校。冷房設備のない旧校舎はなぜかヒンヤリしている。建物を囲むユリノキの遮光性と蒸散が作用してるのかは定かじゃない。そうならもっと至るところに植えてもいいんじゃないかな。大きな葉っぱの明るい色みが私は好きなのだ。木の幹を撫でてても気持ちいいよね。

 うすら笑いで大階段を上っていたら、ばったり会って声が出た。血が頭に上ってくるのが分かる。もう一つはっきり認識したのは、一人でニコニコしてるのは、やべー雰囲気しか感じないということだ。単なるクラスメイトなのに彼は朗らかに話しかけてくる。


「おはよう。なんかいいことあった? ……お、うん、お、おう、別の遊びにしないか?」


 右に避けたら奴も、逆にすり抜けようとしたら同じく、自転車を避けようとする猫現象を2回ぐらい繰り返した後、苛立った私は低い姿勢をとり肩先を鋭くして疾走した。荒々しく障害物を突破しようとしたが、まるで滑るように体重移動をした彼は結果的に正面から私の体当たりを受け止める形になった。勢いよく胸元にぶつけた顔面を私は手を当てて隠している。

 

 図体デカいんだから、端っこの方で背を丸めて歩いたらどうですか!


 と思ったが口には出さなかった。痛みで喋れない。突然の流血沙汰に慌てた様子で彼は尻のポケットから綺麗めのハンカチを差し出している。


 階段に座り込んで、色んなことを後悔する感情と、流れ出した血が収まるのを待つ。


 無益な運動で火照った身体に、階段の板材は冷たくて気持ちがいい。


 しばらく此処ここ――旧校舎で過ごしてもいいような気もしてくる。

 じゃあ、私の顔を覆っているハンカチがいつ洗濯したものなのかも含めて、少し話をしてみようか。 


  **


 この時期でなければ、旧校舎の大階段は割と人が多い。

 10人くらいは楽に並べる階段がまっすぐに窓に向かって、踊り場からは幅の狭い、といっても普通サイズの階段が左右に傾斜の向きを真逆に変えて伸び、2階につながっている。

 時代がかった階段の雰囲気もあり、大きな窓からふんだんに差し込む光を背にして立つと、ヨーロッパのお城の中にいるように見えなくもない、写真映りのいい感じな空間である。

 

 でも誰もいないのは、今が夏休み最終週だから!

 

 新学期が始まるまでは3年生しか登校できない決まりになっている。

 そして、最終学年の生徒は受験勉強の憂さ晴らしとか、終わりかけの青春感を味わうなどの各自の思いから外形的にクラス劇の準備に結束して取り組んでて、ちょっと入り込めない空気感がある。なので旧校舎には人がいないというわけ。

 

「どう、落ち着いた? 軽くフェイント入れてからの迷いのない攻め、ナイスガッツ」

 

 意味不明なことを言うんじゃない。 

 女子の顔にケガさせて、相手が私じゃなかったら吊るし上げレベルの事件かもだ。

 睨みつけても奴はさっきの言葉を繰り返した――正確な意味を説明して欲しい気がしてきたナイスガッツ。

 血は止まったが、鼻孔が塞がれて息がしにくい。

 ぅあー、ぅあー、とガチョウみたいにして、声を確かめる。


 8月24日、こうして高校最後の夏休みは終わろうとしていた。なんならもう終わっている。


 クラス劇でセリフもなければ準備の仕事も特にない。

 ねぇ一緒にやろうよー、って言って女子グループに混じればいいのかもしれない。

 でも仲良くもない人に話しかけるって行為は多分ガンジーでも難しいことである。

 別の行事ならもしかしたらいけたかもしれないが今回の劇への入れ込みは半端じゃない。割と話しかけやすい人も真剣オーラ放ってるからガンジー無理。


 ――なんで友達がおらんのじゃろうか……。


 あー、あー。アヒル、ちがったダチョウの鳴き声は、鼻の通りがよくなって改善されてきた。

 私は姿形も美しいが声も澄んでおり――具体的には、日本一の透明度の摩周湖みたいだと言われたことがある。道産子の母らしい例えだ。


 ――なんで友達がおらんのじゃろうか……。



 あー、あー。


「だいぶ良くなったね、岩井朱背いわいあかせさん? 階段でのぶつかり稽古、次はもう少し慎重にやろう」


 稽古はしてないし、人の名前の語尾を上げるな。敬称は様でもいいんじゃよ。


 とぼけた奴の名は、小村春雨おのむらはるさめ。こっちはちゃんと覚えていることに悔しみだ。

 長身、隙を突いた猛攻に耐える頑強な肉体。戦線から今戻った貴公子みたいな顔立ち。はっきり言って目立つ男である。何も知らない他校の生徒がちらっと見ただけなら王子様に見えるかもしれない。


 まあ、とはいっても……。


 劇でセリフがないのは私と同じ。そして明らか手持ち無沙汰で旧校舎に来てみた勢である。

 大道具とか衣装係を手伝わなくていいのか? とか聞いてみたら。


「みんなに避けられてるんだよね、ははは」


 私は避けられているわけじゃない、ということを誤解のないように伝えておいた。


「朱背さんは違うよー」


 モヤモヤ、そしてカチンだ。名前呼びを許した記憶はない。  


 まあいいや。今は時間を潰そう。


 端役の二人は、ひと気のない階段の踊り場でぽつりぽつりと話をはじめた――

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