第7話 君のも私のもそうだよねえ

『ずっと考えて、辿り着いた答えをご披露します』

 

 大階段の広い踊り場を、私は横に移動しながら3人の顔を順に覗き込む。グラウンドから直接に来たので、出入口に備えられた来客用スリッパに履き替えており、歩く度にパスパスと音が鳴って優雅な感じとはいいがたい。抑揚を抑えたパペタ氏の声は悲しげに聞こえた。


 旧校舎の中はやっぱり涼しくて、汗が引いてゆく。


 男子二人は奥の窓下、腰壁に背をもたれ、床にあぐらをかいて座っている。春雨の左右の太ももには縫丸ヌイマルと偽縫丸ヌイマルが、対となる眷属みたいに鎮座する。彼はぬいぐるみの似合う男なのだ。私をはさんで反対側、下に伸びてゆこうとする手すりの直前の部分に軽く指先を置いて左織は立っている。ストイックなバレエダンサーみたいに見えるのは姿勢がよいからだろうか。彼女の経歴を聞いたことはないから、事実、ストイックなバレエダンサーである可能性はある。


 三人を観察しているうちにパペタは謎解きを開始した。


『サブバッグに入れられた縫丸ヌイマルは、石碑近くからバッグごと2階ベランダに放り投げられました、入れ替えた直後に素早くです。偽縫丸ヌイマルは、朝からずっとサブバッグの中に隠されていたんでしょうね。春雨くん以外の者がぬいぐるみ持ってたらすっごく目立ちますから』


 春雨の右膝に乗っている方のぬいぐるみに近づく――ヒゲを至近距離で観察しないと区別できないので、くんくん嗅ぐような仕草をしているようにも見えるパペタ氏。


『朱背くん、身体をよく見てみてくれますか……いえいえ、ほら、このあたり』

「きらきら光ってるね」


 二匹の身体には金箔の欠片が付着している。二匹とも強めにはたくと、きらきらと欠片は床に舞い散った。

 

 サブバッグは、ベランダから放り投げてもらって回収済みだ。今も左織が手に持っている。内側のネームタグには、校則――『9 持ち物等について」に反して記名はされていなかったが……。もう、いろいろと面倒になってきている。全てを降秋くんが自白すれば済むんじゃがな。


 修行僧が瞑想してるみたいなポーズをとる降秋くん。

 稽古で疲れたのか、ぼんやりしている春雨。

 左織は静かに怒っている感じがする。


 三人とも黙ったままでいるので、パペタ氏の謎解きが続行される。


縫丸ヌイマルは、右夏ゆうかくんから春雨くんに贈られたものです』


 右夏ゆうかの名前が出た瞬間、踊り場の空気に緊張が帯びる。


 きっと3人は古い知り合いで、野々小の出身なんだろうな。

 だから私が会ったことない右夏ゆうかのことを知っている。

 

 ――会ってない? 本当に? 


 駅前のショッピングモールで新しい服を着てはしゃいでいた子とか、お祭りの屋台で前に並んでいた大人っぽい柄の浴衣を着た子だったかもしれない。知っている人よりすれ違った人たちの方がずっと多いのだし、17年もK市で過ごしてきたのだから、どこかで会っていたんじゃないか。彼女と会った時と場所を、もう確かめることはできないけど……。


 ――会ってたと思うんだよ。


『春雨くんは早生まれですよね、以前クラスで話題が出たのをわたくしめは聞いておりました。縫丸ヌイマルが贈られたのは、事故の直前のことです。だけど春雨くんの誕生日ではない』


 私は横切っていた踊り場を、踵を返して折り返す。

 つま先に力をこめてできるだけ音が鳴らないようにした。

 三人の顔をさっと眺めた後に。


『だから、右夏ゆうかくんの誕生日なんです』


 パペタ氏は高らかに述べた。 


 踊り場に立ち込める緊張が別の何かに変わってゆく。

 右夏が《ゆうか》生まれた日は、きっと今日より涼しくて、彼女を見つめるたくさんの笑顔は汗だくではなかったと思う。小さく丸くてかわいい右夏ゆうかを想像しているうち。


『あなたに聞きますね』


 パペタ氏は顔を降秋くんに向けて問いかける。


右夏ゆうかくんの誕生日を教えていただけませんか』


 降秋くんは黙ったままで、修行僧みたいな表情を保っている。 


「今日、8月25日が右夏ゆうかの誕生日だよ」


 代わりに左織が答えた。静かな怒りを彼女は抑え込んでいる。

 

 また踊り場に沈黙が戻った――


 **


 誕生日に、プレゼントを交換したのか。

 私はやったことないし分からないけど、縫丸ヌイマルほど大きなものを学校でやり取りしているのは見たことはない。


 右夏ゆうかの家でだろうか。


 じわりと胸が苦しくなる。


 彼女の誕生日をもうお祝いすることはできないのだ。


 みんな黙ったままで、きっと意識を過去に飛ばしている。

  

 ――お誕生会するから家に遊びに来てね、プレゼントは全員で交換です。


 そんな手書きの招待状を右夏ゆうかからもらったのかもしれない。

 きっと手紙は、みんなの部屋にとってある。プレゼント交換をした経緯ははっきり分からない、親が決めたのかもしれない。


 左織に聞いたら、やっぱりプレゼント交換は左織の親御さんが決めたことだった。

 

 ちょっと気になったことを私は春雨に尋ねる。


「君は何を贈ったの?」

「俺は……」


 言い淀む先の言葉を待っていると。


「言わないって約束でしょう、右夏ゆうかがそう決めたからね」


 だから言わないと示した左織が続ける。彼女の表情は僅かに和らいで見える。

 

「持っていったプレゼントも、右夏ゆうかが自分で用意したのも、クラフト紙の大きな袋で上から包んで中身が見えないようにしてからシャッフルして選んだし、袋を開けるのは各自が家に帰った後ってことにしたから分からない。徹底するタイプなんだよ右夏ゆうかは」

 

 縫丸ヌイマル右夏ゆうかが贈ったものじゃないの? 

 

 さあね、という顔をする左織。

 

「私は自分がもらったのが右夏ゆうかからのものだって思ってるし、春雨が、縫丸ヌイマルのことをそう思ってるのと同じだよ」


 贈ったものが自分のところに戻ってくることはないのかなって考えてたら、思考を読み取った左織が、右夏ゆうかは袋に小さく●とか◆の印を付けて自分だけ区別できるようにしていて、シャッフルして選ばせるのを繰り返して最後に残ったのを取ったことを説明した。


「だから、私の贈ったのが右夏ゆうかに届いてるってこと 」


 左織の言葉で、ぴくっ、と修行僧のまぶたが震えた。

 降秋くんを見つめながら怒りをちらりとさせて問う。


「いいじゃない、それで。なんで?」


 公女プリンセスの鋭い問いかけにも修行僧はまだ沈黙を守っている。

 

 奴はどうにもならん。


 ぶちのめしたい衝動に駆られたが、その際の方式は相撲になってしまうので気持ちを抑えた。

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