第6話 真夏に降る冷たいもの

「じゃあもうオッケーってことで」


 グラウンドからは、ほぼみんな撤収して、1階の建物脇に大道具は固めて置かれた。雨が降っても濡れないようにビニールシートで二重におおわれて、そこら辺に落ちてたのを重石にされている。クロマツゾーンから引っこ抜いたレンガは見つかると怒られそうという理由で巧妙に元通りに戻され、代わりの変哲のなく、いい感じの石が用意された。


 暑いし屋内に戻りたすぎたので推理話を切り上げようと言ってみた。

 縫丸ヌイマルが見つかったし良かった良かった。

 さっきの稽古の録画を見ながらダメ出しするって案は最高だと思うよ。


 いつの間にか、左織は二匹の猫(ぬいぐるみ)を両腕に抱いている。

 クジラの兄弟みたいな春雨と降秋くんは上半身を起こし、握手をしてるかと一瞬思ったら、指相撲をしていた。


 あっつぅぅ


 限界だ。

 黒ローブのスカート的部分――呼び名は知らん。裾を持って前かがみになってめくり上げながら脱いだ。下は体操着だから全然大丈夫……のはずだが、なぜかベランダに残る者たちの注目を浴びている。恥ずかしいことじゃないはずだが? 暑かっただけですから。


 2階のベランダにいたらしい縫丸ヌイマル

 金箔の欠片がまだちょっとだけ残ってる偽縫丸ヌイマル


 両肘に抱えられてちょこんとした二匹の猫は左織に心を許した表情をしていたが、めっ、と眼差しを険しくして、「まぁだ終わっとらんよ」と戒める――左織の当てた声で脳に直接伝達・再生された。


 応答せよ


 さっきの寸劇では、縫丸ヌイマルが左織に憑依して話すみたいな雰囲気であった。彼女の設定ではあるけど。


 ちょっと探してみてくれんけぇ?


 縫丸ヌイマルの振りをして左織が話した内容は、近くを探れば見つかるって意味にも捉えられる。


 どこにいるのか左織は見当が付いてたのかな。

 

 右手を見ると、推理の続きならいたしますが? とボタンの視線で問いかけている。

 

 ――おしまいでもいいと思うんだよ、でも、そういうわけにもいかないんだろうね。


 ――そうですね、謎解きの結果には良い面もあれば別のものもあるかもしれませんね。


 悲しげな光をボタンに湛えるパペタ氏。


「はーい、残ってる人も教室戻ってー、稽古の振り返りまでは休息して、そっちも」


 片付け作業の仕上げをしていた者や、生徒ホールと呼ばれる新校舎の1階の共用スペースで振り付けをまだ練習していたメンバーにも彼女は声を掛けた。


 生徒ホール近くのクロマツゾーンに佇んでいるのは、私たちだけになった。 


 **


 新校舎と体育館をつなぐ渡り廊下を突っ切ってユリノキの木陰に入る。

 3人がほぼ並んで歩くのに私が後ろを付いてゆく。

 少しずつ彼らの背中が遠くなるのに気づいて私は駆けて追い付いた。


 視線だけこちらに寄越した春雨に、右手のパペタ氏をパクパクさせて大丈夫である旨を合図する。

 

 降秋くんもこっちに気づいた。眼を逸らさないことだけに集中した。


 ――降秋くん、君はなんで此処ここにいるの?


 新校舎とグラウンドの間にあるクロマツゾーン。

 石碑の近くには見かけなかったけど、人は散在していた。

 春雨が騒ぎ出してからも何人か通り過ぎたり、生徒ホールに入ってゆく者を見た。急いでた女子もいた、あの子が縫丸ヌイマルを持って行った……のかもしれないし、単にむしゃくしゃしてただけかもしれないし、ちょっといたずらしてみたってこともある……。


 そうだったらいいなあ、本当にそう思うよ。


 傘の柄を抱く濡れたパペタ氏、袖口から腕に伝う不快。

 バス停はやっぱり通り過ぎていて、私は来た道を戻ったんだった。見逃したのは自分のせいだけどね。


 本当に残念だよ。


 降秋くんがいなかったら、道で迷ったりはしなかった。

 君のこと思い出すといつもだ、行き過ぎたバス停が遠ざかってゆく。顔面に張り付いて溶けたみぞれがぬぐい切れずに口の中で苦むんだ。


 ――降秋くん、君が犯人だ。

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