第7話 推理にうってつけの場所
ユリノキの葉っぱが風に揺られてさやさやと鳴る。
陽がほぼ真南に上っても、旧校舎はひんやりと涼しいままだ。
今は新校舎の影にすっぽり入っているからかもしれない。
踊り場に辿り着いても春雨はぐったりしている。盛夏シャツを脱がせ、上半身を肌着姿にしてから、露出した肌に濡れたハンカチ――さっきまで私が借りていたものを湿らせて張り付ける。下敷きをビヨンビヨンさせて風を送っているうち、左織は自宅から持ってきていたという保冷剤をタオルで巻いて彼の首に巻き付けた。
むくりと起き上がった彼に左織は幾つか質問をする。生年月日は? 名前は言える?
どうやら、彼の意識は、劇のダンスシーンから途切れている。
まだ好きって言えてないぞ、と思念を送ってはみたが伝わっているかは定かではない。
しばらく横になっていた方がいいというススメに応じて彼はごろんと横になった。
手渡した下敷き左織がビヨンビヨンさせると、静かに寝息を立てはじめる春雨。
私の思念はやはり伝わらなかったか。
しかし、彼の人生で最上のひと時かもしれないから私は黙って放っておいた。
踊り場に3人。うち1名は寝ている。
こうゆう時には世間話をして場をつなぐのがコミュニケーション、という概念は理解している。
『稽古の前まで、少しだけ二人のことを話していたのですよ』
パペタ氏が喋りだした。彼は紳士なので当然ながら社交性を有しているのだ。
少しだけ驚いた顔をした左織は、にっ、と笑った。
実は春雨と左織は似ているところがあるのか、お似合いなのかもしれない……。いや、どうだろう。
「へえ。春くん、学校でほとんどしゃべらないのにね、不思議」
『
「……親しいんだね、パペタさんも岩井朱背さんも」
『クラスでの自己紹介の時には、彼にも助けてもらいましたので気にはしておりました。お話することは今日まで一度もなかったのですが』
「もっと話せばよかったね。最初は不思議な感じになりそうだけど。私はもう慣れた」
にっ、とまた彼女は笑った。似てる。
顔がってわけじゃない――美男美女枠に分類すれば共通するが、なんだろうね、雰囲気っていうか……。
『朱背くん、本人がいらっしゃることだし、わたくしの推理をご披露しますよ』
パペタ氏は急に謎解きを宣言した。
なんで今、
『だって、左織くんは1週間したらいなくなっちゃうでしょう』
**
「いなくなっちゃわないけど、面白そうだから聞いてみようかなあ」
本人に結論を否定されたが、パペタ氏は意に介さず。
『春雨くんのことを、
ふーん、それで。もっと他にある? という表情をする左織。
『遅くとも、小学校3年生の時には二人は知り合いだったはずです』
沈黙する左織の一瞬放った怒気を感じて逃げ出したくなったが、パペタ氏は悠然と続けて。
『春雨くんはいつから
春雨の腹の上で、
『朱背くん、
出てきた類似画像の中で、間違いなく
【世界猫ぬいぐるみ 201●オフィシャルショップ限定品】
検索結果には高値で売りに出ているものもあって悲しかったので、世界猫オフィシャルサイトで、Sold Outになっている画面を見つけて左織に見せた。発売年からすると、私たちは小3。パペタ氏がさっき言ったのはそういうことか。
怒りを隠しているのか、にこやかに笑って見せる左織。
『
小3のことだから、私たちの知らない話である。
同じ小学校の出身者がうちの高校にいても分からない。友達ゼロの私は何も知らない。
『贈り主は泉沢高校にはいません、だって彼はいつも一人だったでしたから。せっかく美男なのに何でひとりでいるんでしょう。朱背くんはすくすくと何不自由なく育った人見知りなので仕方のないことですけどね』
さりげなく無礼を言うパペタ氏を私は睨みつけてやった。
『わたくしは思うんですけどね、誰かのことをずっと思って過ごしてたら、少しずつ相手に似てくるんじゃないでしょうか。無意識に近づいてゆくというか……』
パペタ氏はちょっと言葉を区切り。
『あなたたち、左織くんと春雨くんは、よく似てますよ』
小さな音を立てて彼女は息を吐いた。
パペタ氏を言い負かすことも煙に巻くこともできるはずだが、そうしないで今は迷っている。
左織は私の眼をじっと見て。
「朱背さん、あなたの意見も聞きたいから教えて。きっとパペタ氏とは違う考えを持ってるんでしょう?」
急に問われて頭の中が真っ白になる。
別に何も考えてないんじゃがなあ。
パペタ氏が勝手に話してるだけで、私は別に……。
ああ、でも。
「えっとあのー、笑う時の感じが似てるなって、はい、そう思いましたです」
にっ、と無邪気に笑う二人を思い出しながら言ったら。
気付かなかったな、という感じで嬉しがるようなそうでもないような表情の左織。
私が今、二人を思い出しているように、彼女は今、私の知らない誰かの顔を思い出しているのだろうか?
元祖の人に会ってみたいなあ。
小3――
そうだ、小3の夏だった。野々小の近くで事故があって同じ小3の女の子が亡くなった。
だから小3で間違いない。
夕方、まだ空は明るくても道路は見えにくくなっているんだ、と私の学校の校長は始業式の朝礼で長々しゃべった。話は控え目に言って無駄にクソ長かったし、死んだ女の子のことを「忘れてはいけない」と言ったのにムカついて私は体育座りしてたのを立ち上がって注意された。手近にある武器を取って校長を殴りかかるという想像を繰り返して、残りの長い
なんとか校長に言われなくても私たちは忘れない。なんとか校長の名前は記憶にない、そもそも当時から知らない。
亡くなった女の子は、
――右夏に会いたい。
でも声にしたら嘘みたいになるので、じっと左織を見つめるだけになった。
にっ、と左織は笑った――
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