第4話 好きを言えない王子様

 旧校舎は文化財として保護されている。

 I県内で最も歴史のある高校で、旧校舎は雰囲気あるのも人気があり、オープンスクールの時に集った受験生はみんな此処ここで写真を撮る。合格したら同じポーズで撮る。もはや伝統だ。職員室には戦前なのか戦後なのかもよく分からないモノクロの写真が額縁に入れられている。写っているのが誰かは知らんが現代感覚でも綺麗な女学生なので本当に女優とかかもしれない。お姫様ごっこの伝統を生み出した張本人なのでは? 教師陣に聞けば分かるかもしれんが、今年は創立130年なので全体的に気合入りすぎてて何かと面倒なんだ。

 普段は誰かがいる旧校舎に今は私たちしかいない――新学期が始まるまでは3年生しか登校できないし、みんな野外劇の準備に忙しいからである。

 そうすると、こんな自由に旧校舎を満喫することもこの先ないなぁ。


「……というわけなんだ」


 聞きながら考えごとをしていたが、がっかり王子の彼――小村春雨の説明した内容を要約すれば、つまり。


「始業式の日から付き合いはじめて、終業式の日に別れたってことだね」


 移動教室の時に呼び留められて交際開始か、ちょっと不思議な感じもする。

 春雨自身に主体性とか積極性が感じられないんだけども、そもそも好きなんだっけ? 


「す、す、す……だよ」


 言えてねえ、彼はやべー奥手なんじゃないか。

 試しに交際中にどんなことをしたのか聞いてみた。

 1学期中まるまるだから約4か月だけど、君ら何をしてたの? 絵本読んだりか?


「放課後に自習室で勉強したり、途中まで一緒に帰ったりだな」

「いいね、もっといいのないか」

「土曜は早朝から散歩したり、午後は自習室で勉強したかな」

「さすが学年トップは隙がないねえ、もっとないか、とろみのあるエピソード」

縫丸ヌイマルの手を二人でもって、こう……、真ん中にして河川敷を歩く、みたいな」

「絵はいいねえ。エンドロール直前に入れたい絵だ。非接触な今感もあるね」


 彼が奥手だということは大体分かった。縫丸ヌイマルごしに手をつないだ彼女はもういない。切ない系映画のエンディングを妄想したら感情が高ぶってきたので頭をぶんぶん振って現実に戻る。

 急になんか面倒になってきたな。左織って多分、もし必要だったら世界を滅ぼすタイプの人間だよ。君は女子に幻想を抱きすぎてないだろうか。


「DMでちゃちゃっと「よりを戻してください」とか頼んでみたら? みっともないけど、うじうじしてるよりマシじゃないか?」

「男らしくないな」


 今から教室言って、がばっと抱きしめて好きって言ってこい。

 ただ、ハグする際の縫丸ヌイマルの位置に悩むね、深刻な問題だ、あらかじめ背負って縛っておくか……。


「よし、じゃあ今から教室に走って、バーンと扉を開け放ってからのーー。


『左織! 俺と付き合ってくれもう一度ぉ!』


 ぐらいでどうだろうか?」 


 春雨の声真似をしたら意外といい感じに聞こえたけど、彼はうーんと唸った。 


 ――あ、そうか。

 私としたことが、いつの間にか奥手の波動に心を蝕まれてでもいたのだろうか。


「君はまだ、彼女に好きって言ってないんじゃないか?」


 普通に聞いたつもりだったけど、私の声は、映画の予告篇みたいに響いた――

 


「つまり……」

「左織は、春雨に好きって言われるのを待ってる、と私の心の中の少女が言っているが、特に根拠はない。脈絡がないと笑うか?」

「いや、全力で期待している、もっと頼む」


 10秒ほど考えてみて思い浮かばなかったので諦め、私はパペタ氏に推理を託すことにした。


  **


『朱背くんは考えるのが面倒になるとわたくしに押し付ける癖があります。今回だけは大目にみて探偵役を任されてみましょう、さて……』


 通行人もいないのだからと私たちは踊り場のど真ん中に大胆に位置取って一段下がった踏板に両足を落とし、やや距離を保って並んで座っている。

 黒いボタンの両眼――冷徹な視線が春雨を見つめ、窓明かりの落ちる踊り場の空気を緊張させた。

 

『全てを知っているのは、縫丸ヌイマル。そして、小村春雨くん、君です』

 

 真犯人は……、みたいな口調で白クマ執事――パペタ氏は言い放った。

 言いがかりに近いのだからそんな狼狽えなくてもいいのだが、パペタ氏の艶めいた低い声が説得力を与えている。腹をぎゅっとされて、やれやれ、という表情を浮かべているように見える縫丸ヌイマル。春雨は眼を細めて苦い表情を浮かべたままだ。


 彼が考え込んでいる間に、私は膝の上で置いていたハンカチを折り込んでスカートのポケットに押し込んだ。さすがに洗ってから返そう。


『もしかしたら、君自身、気づいているのではないですか?』

「……いいえ、正直言ってさっぱり分かんないっす。本気ガチ本気マジです」

『左織くんとの約束をもう一度、よく思い出してみましょう』


 パペタ氏に促されて、私たちは再び始業式の日に記憶を遡らせる――

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