第2話 顔も見たくないんだが
私たちがグラウンドに立ち入る前に、クロマツゾーンの林道を走ってきた体操服姿の左織に呼び止められて合流した。
石碑に戻り、台座に
「いつもより毛が白っぽいような、とにかく違う」
どう違うとははっきり言えないらしいが彼は言い切った。
所々に付いた金箔を見つけたら私は
じっと眺めている左織は何も言わない。
こんな近くに左織がいるよ! 混乱した春雨に私の思念は届かない。
「あれー、左織は衣装に着替えないのか? ……そうか、豪華なドレスになりそうだね」
なんか普通に彼女と喋ってしまった。
左織は私の友達か問題が発生。そもそも友達ってなんだ?
グラウンドのスピーカーから馴染みのあるメロディ、私たちの劇『グッバイ王子様』のテーマ曲が流れはじめた。
もう稽古ははじまりそうだ。もしかして自分たちだけで進めようとしている……のか?
左織なしでも始めようって気概に拍手だ、追い込まれると人は行動するものだな、とか思ってたら急に音楽は止まった。音響のチェックをしているだけの様子。
がさっと下草を踏む音に3人が振り返る。
「よお、久しぶり」太くはっきりした声。
石碑の前の3人――黒いローブの二人組と体操着女子に新たな者が加わる。
なぜ真夏に学ラン着てるのかさっぱり分からんが、違和感はない。奴の存在自体が暑苦しいのだ。
「二人は知り合い?」
心底、嫌そうにしている私に気づいたのか、左織が一歩前に出て奴に言った。
問いかけに返事はなく沈黙の石碑前。名前と顔を互いに知っているという定義だったら「知り合い」で合っている。奴の前ではパペタ氏を出したくないので私は右手を背中に隠した。さっさと稽古に参加するか、旧校舎に走って戻りたい気持ちになってきた。いえ、稽古します。
学ラン男子の
**
2年の終わり頃だ。
同じクラスの降秋くんが突然、好きだから付き合いたいと言った。
終わりの会の直後、ほとんどみんな残ってるし、なんなら担任教師も身体の背中側半分ぐらいは教室の中にいた時に降秋くんが言い出したことだ。いつものとおりデカい声で。
もしかすると前触れとか予告的なものがあったのかもしれないが、全く気付かなかったし、奴はパペタ氏と私が話すのをたまに聞いてくれてバカ笑いしてただけだと思う。
私は記憶力はいいので、何か言われたんだったら覚えているはずだ。反応に困って身を固めるうち。
『いいんじゃないですか、朱背くん。あなたには彼の申し出を断る理由がありますか?』
「思い付かないな、でも付き合うって、もうちょっと段階的じゃなかったっけ、急ぎすぎでは?」
『もっと一緒に過ごしたいって意味にとらえてみては。降秋くんがおかしな言動をしないよう、このパペタが見守っております』
「よし分かった、許可する」
大きな口を開けて笑いながら拍手する降秋くん。
クラスの女子は興味ありげにこっちを見ている。降秋くんは身体が大きくて目立つし、黙っていれば知的な目鼻立ちをしている。大抵バカ笑いしてるところしか記憶にない。
「変わったのが好きなんだ」「受験勉強で病んだ、大丈夫?」「降秋くんが腹話術するのおもしろそー」
そんな感じの声が漏れ聞こえた、幻聴が入っているかもしれない。
交際は2か月ぐらい続いたが、結局はダメだった。何がって……。
あれは冬の終わりの――
回想を続けようとするところで、視界が黒くなって現実に戻る。
眼の前にいる降秋くんがずいっと歩み寄って来る。
左織の後ろに身を隠す。肩越しに伺うと、奴は春雨と向かい合っていて、よーし、という顔をしてから堅そうな拳を見せつける。
ちょっと! 「生徒間暴力行為」は禁止ですよ! 私がそう言い出す前に。
「最初はグー、じゃーんけん……最初はグーだって! じゃーんけーん、ぽん」
気力のこもらない春雨の拳に、降秋くんの大きな手のひらが向き合って勝負は決まった。
なんでじゃんけんを始めたのかは分からない。多分、特別な理由はないと思うな。
手のひらを掲げ、はしゃぐ降秋くん。石碑の前で不遜だ。
私にも石碑を拝む気持ちはあんまりないが、無意味に騒ぎ過ぎである。
――奴は勝負というかバトル? しか考えていない系男子なのだ。
灰色の空から降り続く
降秋くんの顔を見るたび、私は冬の終わりに引き戻されてしまう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます