第7話 ふんわりした予告

「おはようございます」「はい、おはよう。岩井朱背さん、今日は頑張ってね」


 8月31日、門扉がガラガラ開くのと同時に校内に入った。創立祭がはじまる。

 教室に集まった私たちはさっさと衣装に着替える。

 昨日、公女プリンセスのドレスを着てみたら当然に左織サイズなので、緩いところとパッツンパツンの箇所があった。仕上げ直すのは不可能と衣装チーフの判断が下され、きつすぎる部分には切れ込みを入れて巧妙にリボンで隠したり、パカパカするのは安全ピンで留めて縮める方策が採られる。一度着ると脱げない。着る度に再調整が必要となるので朝から着装を完了しておくのだ。


 おとなしい象牙色のドレスはパニエでふわっとふくらんでいて、ふんだんに施された金糸の刺繍が生地色に映えて見える。腰のリボンもまあけっこう可愛いんじゃないかな。


 私だけだと目立ちすぎるので、もういっそみんなで朝から着替えることにした。昨日は衣装で行列したのだから、涼しいところで座ってられるんなら余裕である。


 仮装行列が過酷すぎたと言ってみんな笑った。


 私たちの出番は昼前の最後だ、余裕である。


 窓に眼を遣ると、グラウンドには全校生徒の椅子が格子状に並び、日傘を差しても舞台が見える配置になっている。下級生の仕事だ。

 グラウンド後方には、ひな壇の形状をした観覧席が昨夜のうちに業者による設営が済んで、大きく扇状に広がって舞台を囲み、グラウンドがアリーナのようになっている。

 「泉沢会」なる同窓生組織が経費を賄っているらしいが、私たちも卒業したら半強制的に加入するらしいので、会費が幾らなのか不安を覚える。

 

 ただ、私たちは盛大にやらかす予定なので加入させてもらえない可能性あるな。

 

 左織の代役は私で、私の代役はTシャツメンバーがジャンケンで決めた。黒ローブはビッグシルエットに作られているのでサイズは何の問題もない。これ着て行列したの? って彼女は驚いた。ふーふー言ってるので水を飲ませる。全てが終わって衣装脱いだら私も自分の――『バイバイ王子様』Tシャツ着よう、涼しそうだから。 


 熱中症予防のため座席に座るかどうかは自由なので都合がよい。

 昨日から左織のことを他クラスの者から聞かれまくるので、私たちは鍛えられた仮装行列スマイルで誤魔化している。とにかく本番が来るまで教室にこもることにした。此処ここからでも舞台は見えるので進行を確認するのに支障はない。


 グラウンドでは朝から稽古しているクラスが見える。

 熱心でいいんじゃないかな。私たちはしないけど。




「9時になったら予告するよ」

 飯田が壁の時計を見ながら言った。


 昨日の夕方、左織のアカウントに送ったメッセージは「明日は飯田のインスタ見てね」という私からの一つきり。

 何人もでメッセージ送っても意味はなさそうだからね。やっぱり応答はなかったが、左織は見たって確信してる。

 そして飯田の投稿の着信音を待っている。スマホを握りつづけているかもしれない。


 稽古中とかで忙しかったら? ちょっと分からない。 

 

 私たちの本番の時間、彼女がちゃんとスマホを見れるのを祈るしかないね。


 ――裏方飯田の配信ライブあるよ

 ――ひねくれと跳ねっ返りばかり


 窓辺で飯田が自撮りした画像は、レトロなフィルム写真っぽい加工がされて、文字が加えられるとすぐさま投稿された。


 仮に舞台本番のライブ配信を具体的に予告した場合、教師陣に察知され妨害されるおそれがある。だからいつから何するのかもはっきりしない、ふわっとした予告だ。


 ばっと行って、ばばっとやる計画なのだ。


 大丈夫、左織はちゃんと見てる。

 十分に気づくはず。


 グラウンドのスピーカーで音楽が鳴っている。

 一番手のクラスの劇がはじまった――

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