第3話.故にそれに愛は無い。
鹿の足跡を発見して追跡したが、直ぐに諦めた。
理由は僕の身体では鹿の追跡が出来ないからだ。
鹿は人間が登れない斜面を登る事が出来る。
たとえこの手に今、鉄砲が有っても、”鹿は急所を必中できないと尾根と谷を三つ越えて倒れる”と前の人生で祖父に聞いた。
諦めた僕は、罠の設置に掛かった。
原始的な括り罠だ、木の蔦と枝と錘を使った物だ。
前世では禁止だがこの世界に法律は無い。
痕跡を追いながら二、三日試行錯誤して、悪くない物が出来始めた。
その間は鳥を小弓で狙い。
日没までに手ぶらで家に帰り、備蓄の燻製肉と香草で過ごした。
焦ると当たらない。
始めて雉の様な鳥を撃った時を思い出せ…。
未だベッドでうなされる親父の熱は引かない。
白湯を呑ませるだけで精一杯だ。
5日目の巡回に当たりを引いた。
手当たり次第に罠を設置して後で後悔した。
罠の巡回中に木々の中に鹿を発見した時は、幻では無いかと疑った。
逃げる為に斜面を
若い雄の鹿で群れから外れたばかりのハグレだ。
此方を見る黒い瞳に僕が映る。
お互いの瞳が映る死神。
山の斜面で死に抵抗せんと足枷にあがらう鹿。
無駄な抵抗だ。
僕は君に死を送ろう。
小弓を引いて鹿を狙う。
相手も暴れるので当たらない。
幾つかの矢を消費して、血まみれの大地に血の泡を吹く鹿が倒れる。
死ぬまでの時間を見送る。
死んだふりでは無いが獲物が最後の力を振り絞る事は良くある。
僕にとっては痛恨の一撃だ。
呼吸を止めた鹿にゆっくり近ずく。
大丈夫だ、肺も喉も動いてない。
吐く息が無い、湯気が無いのが証拠だ、完全に死んだ。
鹿が動かなく成れば大仕事だ。
解体の為にナイフを使う。
親父の背中を見て居たので手順は判る。
前にやった事も在る。
生まれ変わって初めて判った。
僕の身体では全部を運ぶことが出来ない。
例え、腸を抜いても雪の斜面を運ぶことは出来ない。
結局、僕の身体では運べる肉の量は大した物では無かった。
だが、貴重な新鮮な肉と肝臓を獲る事が出来た。
重い猟果を担いで家に帰ると父が寝ていた。
うなされて居ない、熱が下がったのかもしれない。
軽く鍋で鹿の肝と脂身を炒めて香草でシチューを作った。
母程美味く出来ないが、一応は味が付いている。
香りに目を覚ました父に、木の皿に満たされた肝のシチューを渡す。
透明で血で赤黒い、油が浮いている。
「お前が取ってきたのか?」
中身を見て驚く父。
「うん、そう。」
「皮はどうした?」
「持って来れなかった。大きすぎて一人で運べなかった。肝と背肉と後ろ足だけ。」
小弓では致命傷を与えられなかった。
罠で動けない鹿にはもっと強力な弓が必要だ。
槍かロングボウか…どちらも未だ僕の身体では使えない。
小矢でも弩弓が必要だ。
「そうか…。勿体ないコトをしたな…。うまいぞ。」
一口すすり、シチューの味を評価する父。
「うん…、一応、雪の中に肉を隠した。」
「無駄だな、今の時期なら鷹に見られている。掘り出されて…、もう既に喰われているだろう。」
良く解る、山の中で空に
「うん、そうだね、とうちゃん?歩ける?」
「未だ難しいな…。」
「そう、しばらくは大丈夫だけど…。冬が越せない。」
言葉を選ぶ。
「そうだな。」
シチューに目を落す父。
「下の村まで降りて…おじさんの納屋を借りて冬を越すしかないよ。」
おじさんは母のお兄さんだ。
少々、クセのある人でがめついが子供にやさしい。
「そうだな…。」
悪い人ではない…。
乗り気でない父。
猟師は金に成らないがスキル持った重要な仕事だ。
その為、村人には色々言われるが名誉職だ。
何と言っても肉を得る。
そして人間にとって有害な動物を狩る存在だ。
親父は渋ったが山を降りる様に説得した。
冬を超える程の食料は無いのだ。
家は頑丈に作ってある、一冬程度では潰れない。
戸締りをして。
蓄えていた、シカの肉や動物の皮を全て担いで山を降りる事に成った。
親父は、俺が作った松葉杖を付いている。
小弓は改造して弩弓にした。
試射はすましている。
足で踏んで、ベルトに付けたフックで張る方式だ。
矢は小弓のままなので威力は有るが射程は無い。
どうせ、鹿には近づけない。
留め矢程度に使うのは問題ない。
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