第2話.ソレは全て甘い地獄。
ソレは朝からチラついた雪が止んだ寒い日の日没後だった。
父が自力で家の扉を叩いた時にはかなりの高熱を出していた。
「くそっ!いてぇぇぇぇぇ。」
足を引きずっている。
家で留守番していた所に突然の父の帰りに焦った。
「父ちゃん、大丈夫か?」
今まで父の帰りが遅れる事はあった。
主に天候の理由だ。
山に入れば無理はしない。
何処かに退避所の小屋は作ってある。
だから心配してなかった。
「谷を転がった。何とか這い上がったが寒い!火に当たらせてくれ。」
汗を掻いて顔が熱い。
寒いハズが無い。
「履物を脱がすよ?」
土間に転がる父ちゃんの木のアイゼンを掴む。
「ああ…いてててて!!」
かなり痛がっている。
コレは骨折だ。
添え木が必要だ。
足が腫れて脱がす事が出来ない。
仕方が無いのでナイフでブーツの革ヒモを裂く。
皮膚は裂けてないが皮膚がドドメ色だ。
骨が飛び出して居ない。
内出血を起こしている。
複雑骨折ではないが、日本人で在った頃でも骨接ぎの知識は無い。
取り合えず、足を引っ張る。
「ててっててってええええ!!。」
左右の足の長さを揃える必要が有る。
三日帰って来なかった為に、1日で骨が、勝手にくっ付こうとした筈だ。
曲がった足では歩けない。
コレは人間でなく人型ロボット制御での知識だ。
二足歩行の為に人間の下半身は散々考察した。
取り合えず足の裏が揃う様に木の板を添えて巻く。
コレが僕のターニングポイントだ。
生き残る為の選択だ。
父ちゃんが動けないと冬を越せない。
僕の身体では雪山で生き残ることができない。
何せ必要なカロリーを補給できないのだ。
父ちゃんと母ちゃんは感覚で計っていたが。
僕は日本の学生だった。
カロリー計算を何となく憶えていたのだ。
その為、冬が思ったほど長く成っても、父ちゃんが何とか獲物を取ってきていた。
僕の背丈より高い雪を掻き分けてだ。
その内、僕の背丈を超す雪が積もる。
この小さな身体では斜面の雪を乗り越えることすらできない。
骨折の完治には30日以上掛かる。
未だ雪は浅い、コレからが越冬成功の勝負なのに。
何となく解る、日本人で在った時の祖父の話だ。
『山では登る時より下る時が注意が必要だ。地獄が待っている。地獄とは降りる事も戻る事も出来なくなる袋小路で山の中では良くある地形だ。常に周囲を見て道を決めてから降るのだ。決して足元だけで降ってはいけない。』
高熱を出す父をベットに寝かせて。
優先順位を考える。
水は二、三日分は在る。
薪は在るが食料が60日分だ。
しかし、徐々に寒くなっている。
下手をすると30日後には雪が降って春まで身動きが取れなくなる…。
その為の蓄えの為に父ちゃんが単独で山に入っていたのだ。
ベッドに父ちゃんが眠っている。
汗を掻いて唸っている、熱が引かない。
頑張っても動ける様になるのは20日程度後だろう。
ソレ治ってから果たして雪が解けるまでの100日間分の食料が確保できるだろうか?
鹿肉の100gのカロリーは知らないが馬肉と同じ110Kcalだとして成人の最低限の必要量2400Kcalで一日2.2Kg。
重労働者の場合は忘れたが、米軍の兵士の必要calは3700Kcalだ。
最低、3.4Kgの肉が必要で。
鹿一匹が120Kgだとしても1/3しか食べられる肉が取れない。
40Kgだ。
少ないけど冷凍保存技術の無い世界では常識だ。
大量の水を使って内臓を何とか喰える様に加工しても1/2は無理だろう。
つまり、後、10頭から14頭の大きな鹿を捕獲していないと越冬できない。
父ちゃんは腕利きの猟師だが。
毎日、鹿を取ってきたことは無い。
30日でなら何とかなる数字だ…。
つまり俺が食料を取ってくる必要がある。
僕は、ベッドでうなされる父が眠るのを見届け、自分のヤッケと小弓を掴んで家を後にした。
「食べ物を獲らなくては…。」
結局、全て状況が最適な場所を見つける能力が必要だった。
鹿の歩く道は決まっている。
あいつ等は生きる為に必要な行動しか取らない。
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