メガロニクス!!

焼肉バンタム

第1話プロローグ。

何時も目を閉じて思い出すのは初めて親父に付いて行った猟の光景だ。

酷く寒かった記憶は在る。

目に映るのは雪山の中で歩く親父の背中だ。

「おう、アレが鹿の雌だ。小さいのは…たぶん、今年の春に生まれたヤツだ。未だツノが生えてない。未だ雄か雌か解らん。だが雄だ、コレは何年も見て居ないと違いが判らない。よく見る事だ。」

親父が指さす先の雪原、山肌に黒い影が二つ動く。

谷の向こう側の斜面に動く影は、100尋以上は離れている。

曇天空の白い雪原の下では体毛の色は判らない。

唯の、黒いシルエットは大と小、夫々鹿ムースに見える。

「ふーん。射るの?父ちゃん。」

未だ雪の残る中。

ゆっくり低い声を意識して話す。

目立つ白い息を出さない為と体温を下げない工夫だ。

斜面で木陰に隠れ幹に身体を隠す。

体重は掛けず、ゆっくり膝を下ろす。

幹が揺れ雪が落ちて此方の位置が露呈しないように…。

雪原に付けたヒザは冷たくない。

腰とヒザは柔軟で断熱性の有る鹿の尻の白い毛皮とヤッケで体温を維持している。

構える小弓は古い物で最近父から貰った物だ。

「いや、無理だ、耳の動きを見ろ。もう既にコッチを感じている。弓の距離まで近づくと警告を鳴いて仲間に知らせるだろう。大概は尾根を越える方向に逃げるハズだ。」

「まだ、コッチを見てない。」

「おう、よく気が付いたな。しかし、鼻筋にシワが寄ってるだろ?イライラしている証拠だ。アイツはもう既に異常を感じているがナニが異常か解らないのだ…。お、見ろ。白いケツが出た。コッチを始めて認識した。山向こうに逃げている。」

鹿が俊敏に駆ける。

尻尾を上げ、距離を取る方向に逃げたので白いケツが良く解る。

「あんな崖を登って…。」

狙っていた鹿が軽快に大地を蹴り斜面を駆け上る。

続く子鹿。

人間では追いかけられない。

「そうだ、よく憶えておけ。息子よ、この絵が俺達の敗北だ。しかし、巻き狩りはコレを使う、あいつ等の逃げる方向を忘れるな。鹿の逃げ道は決まっている。奴らに取って一番の足が掛かる場所を選んでいる。」

尾根を目指して登る鹿。

ジグザクだが、確実に蹄が地面を捉えている。

高い音で鳴いている。

谷に響く。

真っ直ぐ登っている様で、癖が有る。

「この声が鹿の警告だ。先に見つかると谷に響く、コレを聞いたらその日の獲物は無いと思え。あいつ等は耳が良い、恐らく音でコチラを発見した。」

つまり、今日の朝、いきなり父ちゃんが”猟に着いて来い”と言ったが。

今日は外れだと言う事になる。

僕は今日で10歳になる。

記憶が正しければ、僕は日本の長野で生まれて、名古屋の国立大学に入学して、機械工学を学んでいた。

ポスドクと言う仕事か学生か判らない事をしながら、就職先を探していたが…。

残念ながら僕を雇ってくれる企業は無かった。

僕は博士ドクターと言う迷宮に挑む、唯の無職ゴクツブシだった。

僕は、仮想のロボットを作る為に、安い画像ボードを並べて、物理演算で最適な慣性をコントロールする人工知能AIOSの開発テーマを行っていた。

本物の人型ロボットが出来た暁には直ちに実装できる様に。

又、将来の人型ロボット設計に必要な性能要求水準を算出する為に。

残念ながら結果は出なかった。

大学のラボにむかう途中の栄の交差点スクランブルで暴走トラックに弾かれたからだ。

狂気に笑うドライバーの顔は良く憶えている。

アスファルトの血だまりに取れる僕に、無視して立ち去る人と、奇異の目で携帯を操作する人。

親切な人、数人が止血をしてくれていた。

寒くて暗くなったと思ったら。

気が付いたら、何処かの国の山の中で”大森林の小さな家”

猟師の息子に生まれ変わっていた。

しかも、アジアで無い。

水に映る顔は日本人離れした深い彫りの金髪だ。

この世界の父ちゃんは栗毛色でオッカンは僕より金髪色白。

見上げる星空は、どうやら地球でも無いらしい。

学問の必要の無い世界で、何となく救われていた。

生きる為、憶える事は沢山在った。

工学知識は在ったので、何のために憶えるのかを理解した。

単純に中学までの実家の暮らしが一番に役に立った。

父の仕事の関係で、数年間住んだ父の実家は適度に田舎だった。

今から思えば御伽噺に聞こえる祖父の昔話、今は全てリアルに聞えた。

猟の話、戦争の話。

生き残る為の生活の知識。

今の、母と父。

三人で、山の中。

この日は初めて雉の様な鳥を弓で倒して。

家に帰って。

家族で食べた。

幸せな時間がずっと続くかと思った。

冬が来た。

まさか、母が風邪を拗らせ肺炎で死ぬとは思わなかった。

この世界に碌な薬は無い…。

春に母の骸を埋めて。

二年目の秋に…。

父が骨折した。


僕の身体は未だ12だ。

冬の足音は近い…。


僕は命の選択を迫られている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る