第12話.戦場にようこそ。9

白い世界を上から見下ろす。

温かい日も有るが、山の中は相変わらずの寒さだ。

もう次期に、雪も解けだす頃だ。

谷底の凍り付いた湿地には雪が転圧され。

柵は無い、その為、接近するのは容易と思われる。

丸太を組んだ鳥居型デリックに小屋と橇が並んでいる…。

数日前から監視しているので、三日前に巨人と兵員が交代したのを確認している…。

巨人が橇を引いてくるのだ…。

増援と共に。

中尉殿は増援を司令部に要求したが、もうこれ以上は待つことが出来ないと判断して攻撃開始を命令した。

別に僕は戦闘に参加することは無いので。戦闘指揮を執っている先任少尉殿に付いている。

敵は100名以下、こちらは総勢170名での全力攻撃だ。

「あいつら侵攻してきたのに、呑気に飯を喰ってやがる。」

呟く戦闘指揮官。

昼の食事中は操縦者は巨人から降りて小屋の中に戻る。

恐らく中は温かい食堂か、士官室だ。

立ち昇る煙は炊飯の焚火だ。

敵の監視所を潰すのに成功したと合図が来る。

一斉に雪山を降る兵達。

雪の中を進む、白い布に身を包んだ兵達だ。

未だ迂闊な敵兵達は見つけることもできない。

敵は既に生存に必要な設備を整えている。

一応、水場を確保したらしい。

凍った沢の氷を叩いて桶に入れているのを見た。

後、便所も離れた場所を確保している。

谷を見下ろす…。

状況は完全に視界に在る。

数名動いた、おそらくトイレに移動した…。

三人の敵歩兵を音もなく分隊が沈めた。

合図で全員が配置に付いた事を確認する。

続いて歩哨を黙らせた軍曹と兵。

排除完了の合図が来る。

配置に音もなく雪の中を進んでいく。

完全包囲に成功した。

目標は敵の魔導士を巨人に乗り込む前に倒す…。

その為に、小屋の制圧に二個小隊を振り分けてある。

「総員、全て配置完了!」

緊張の瞬間だ。

全て上手く行っている。

「よし!動員伍長。攻撃開始!!」

「はい…。」

鳥笛を弾く…。

雉の様な鳥の鳴き方だ。

パターンで開始、撤退の合図に成っている。

皆、了解の拳を挙げ…。

静かに走り出す。

微かに人の唸り声が聞こえ始める…。

目につく敵を三人で一人づつ倒して逝く…。

谷底で徐々に大きくなっていく…戦闘音楽。

小屋を真っ先に目指した一団が…。

周囲を包囲して突入する。

「よし!」

見下ろす指揮官の少尉が拳を握る…。

何かが飛び散る小屋に注目する…。

窓から飛び出した兵を包囲した兵が倒す…。倒れたのは士官かもしれない。

中から血まみれの白い兵達が出てくる。

「軍曹です…。目標、制圧完了の合図です。」

「良いぞ…。」

各分隊から排除完了の合図が見える。

各施設の捜索が続く…。

敵施設配置は観察していたので、草原での突撃訓練を行ったのだ。

三日間程度の猛特訓だったが、対応訓練の成果かあっけなく終わらせてゆく。

「終わったな…。我々は前進する。動員伍長は完了の笛を吹いてくれ。」

「はい。」

鳥笛が谷に響く…。

途端に警戒態勢に変わる谷底の白い兵達。

「動員伍長と三名はココで監視の任務に付いていてくれ。」

「「「了解!」」」

満足毛な指揮官の背中を見送る…。

コレから暇になる。

監視任務なのでぼんやりと…。

雪山の風景を眺める。

谷底で殺し合いが在ったなんて信じられない様な美しい風景だ。

面倒だが、遺体は埋めてもらう様に始末を頼んである。

最悪、敵の装備と共に建物に詰めて燃やすように指揮官殿にお願いしている。

猟場の保全の為だ。

頬を刺激する冷たい風が来た。

「風が…。出てきたな。」

空を見上げる。

曇天模様に変わった。

天気が変わろうとしている。

撤収に間に合うだろう。

山の稜線に変化が有った…。

黒いシミが…。

「おい。あの稜線!」

ぼんやりしている兵に指さす。

「はい?何処ですか?」

「アレだ!」

目の良い兵なので指差した稜線の影…。

「どこ…、くそっ!メガロニクスだ!敵の増援だ!!」

「敵発見の笛を吹く!!」

「はい!!」

谷を笛の音が…。

風を頬を叩く。

「返答は?」

「返答、合図、有りません!!」

風向きが悪くなって谷底まで音が聞こえないのだ…。

「よし!僕が伝令に走る!」

装備を一部下す。

がんじきを足から外して背中に付ける。

同じ背丈の木の棒を調達する。

「動員伍長殿、危険です。」

「大丈夫だ、伝令成功したら皆で逃げてくる。」

身体を横にして雪の斜面を滑り出す。

両手で持った棒を突き刺してブレーキだ。

みるみる谷を滑る…。

谷に降りると…。

雪原に転がって足にがんじきを付けて起き上がり走る…。

周囲を経過している兵の一人が此方に気が付いた様子だ。

上がる息で走りながら鳥笛で敵発見の合図を出す…。

流石に聞こえたらしく途端に混乱が広がった。

敵の陣地に飛び降りると軍曹が待っていた。

「軍曹殿、山の稜線のに敵と思われる巨人を発見!急いで少尉殿にお知らせを。」

「何だと!!」

見上げる監視所には残した兵が合図ハンドサインを送っている。

内容は巨人2、兵30名以上だ。

「おい、二等兵!動員伍長を少尉殿の所へ案内しろ!」

「はっ!こちらです。」

転圧された雪の中を二等兵の後に続いて走る…。

血の跡が残されている。

小屋の前に少尉殿が居た。

死んでいるのか後ろ手を縛られた兵士を見下ろしている。

「おう、どうした猟師イェーガー、待って居ろと言ったはずだ。」

「はっ!山の稜線に巨人を発見。監視所の合図では巨人2、兵30名以上!!」

「なんだと!!」

『えい!』

「ぐはっ!」

何かが飛んできて数人の兵が倒れた。

僕も思わず転がる。

「くそ!魔法攻撃だ!」「逃がすな!!殺せ!」

少尉が叫ぶ。

『走るわよ!ファイーナ。』

『はい!』

死体と思っていた兵士が起き上がって走り出した…。

巨人に向かっている!!

地面に寝転がったまま、足で弩弓を固定して背筋で弦を張る。

短弓を置いて後ろを走る動く兵の背中を…。

銃端を握り落ちる。

飛ぶ鏃、思い描いた軌跡だ。

『きゃっ!ぐっ。』

背中に突き刺さり三歩で力無く倒れる敵兵、殺した。

『ファイーナ!!』

王国語は知らないが女の声だ…。

矢の深さで肺にまで達している…。

確実に殺してしまった。

生きている女は走る、その先は鎮座している巨人に向かっている。

何かを覚悟した顔だ。

守る兵に何かをして倒れた。

二発目の装填が終わった。

素早く上り詰めた巨人に乗り込み叫ぶ女。

『キャハハハハハハ。殺しておかなかったのを後悔するのね!』

そんな(馬鹿な)事している間に二発目の引金を絞る。

星門の向こうに矢尻が飛ぶ。

高笑いが止まる。

『きゃ!!』

短弓は首を狙ったが外した。

「あ、外した。」

顔を掠った程度だ。

目が合った…。

憎しみで歪んでいる。

『コイツ!殺してやる!!』

巨人が立ち上がって胴が締まり巨人の中に消えた女の兵。

冷静に周囲を確認する。

魔法に殺傷能力は無いのか倒された兵が起きつつある。

銅鑼の様な音と共に立ち上がった巨人は此方に向かって走り出したが…。

遅い。

前傾姿勢だ。

重心を使った走り方。

4頭身の体型だが、頭も顔も無い。

四方に丸いレンズが在る、恐らくアレがカメラだ。

同じ物が股の上部に付いている…。

「退避!退避!!」

蜘蛛の子を散らす様に逃げ始める兵。

小屋の後ろに隠れ…巨人の足音が近づいて来る…。

そのまま開いた窓の中に飛び込む。

血で染まった部屋の中には、見た事無い装備の兵士が腹から臓物を出して壁に背を預け息絶えて居た…。

そのまま部屋の中を見渡す…。

巨人の足音が外で止まった…。

銅鑼の音は擦れる関節の音の様だ…。

『くそっ!何処に行った!!殺してやる!殺してやる!!』

『こちら、ヤーナ、何があったの!ファイーナ、スサンナ応答して!』

『こちらスサンナ、帝国軍の襲撃を受けた!みんな殺られたの!助けて!ファイーナが!!』

『くっ…敵の数は…』

『解らない…。敵は百以上全部歩兵よ!猟師イェーガーだって!』

わーお、何を叫んでいるのか解らないが…。

音声が駄々洩れだ。

操縦席の風通しが良すぎる、冬は寒そうだ…。

それより誰と会話していたのか…。

無線機の様な物が在るとは聞いてい資料にない。

会話しているのは恐らく山の稜線を越えた巨人だ。

コレで我々の襲撃が露見した。

敵の増援が来る…。

関節の音が近づいて来るのに戦慄が走る。

床に伏せる…。

頭上の窓から巨人の細い腕が入って来た…先は尖っている、内側に指が四本同じ長さで向かい合わせだ…。

親指に相当する指は太い。

手首に手元監視用の水晶が在った。

『技官殿…。』

死体を確認している…。

恐らく両腕に付いているだろう…。後は背中か…。

腕が回転し始めたので咄嗟に床に落ちた誰かの内臓を手首のレンズに投げつける。

『そこか!!』

命中したか不明だがドアに向かって走る。

巨人の腕が壁を引き裂いた。

そのまま向かいの部屋に飛び込み、窓から脱出、壁の裏手廻る。

小屋を突き破って巨人が出てきた…。

後部にレンズを確認!バックモニターだ!

発見されたのでそのまま走る。

『おのれ…ちょこまかと…。』

巨人が方向を変えた。

起重機の裏に隠れる…。

巨人が向かってくる…。

周囲を確認するが血で染まった雪しかない。

後フック。

『こちらヤーナ。スサンナ何が起きてるの!』

泥と混じった紅い雪玉を下腹部のレンズに向かって投げる。

『ぐっ!ヤーナ助けて。猟師イェーガーに視界がどんどん塞がれていくの!』

起重機のフックで輪を作る…。

だが間に合わず、巨人が俺の前に立つ。

『待って、スサンナ、帝国のイェーガーって。』

『何処だ!!』

よし!フックを持ったまま巨人の又の間を潜る…。

バックモニターに映るはずなので、反対方向の鳥居型のジブに輪っかを引っ掻け身軽になり走る。

『くそ!殺してやる!!』

方向を変え走り出す巨人。

ロープが足に引っ掛かったか確認できなかった!

信じて全力で走る。

圧雪から雪の壁を登り、雪の中を泳ぐ。

途端に追い付く巨人。

『何処だ!!猟師イェーガー

『どうした、ヤーナ隊、何が起きている。』

『こちらヤーナ、スサンナ隊が帝国歩兵の猟師イェーガーと遭遇、ファイーナが撃破された、ヤーナ隊は救援に急行中。スサンナ単独で帝国猟師イェーガーと交戦中。』

雪深く、下方視界は見えないハズだ。

後ろを確認すると起重機から白い煙が上がっている…。

良いぞ、ロープは足に絡まったままだ。

後は逃げ切れる。

僕は雪うさぎとかくれんぼが出来るのだ。

狐のウサギ狩りの様にな成らない。

息を殺して雪の中に隠れると、近くに巨人が来た。

しかし、方向は明後日だ。

未だ見つかってない。

直ぐ近くだ音を聞く…。

『ヤーナ隊、イェーガーとは何か?』

『不明です…。』

『ヤーナ!本隊に中継して!イェーガーはファイーナを殺した奴よ!』

『ヤーナより本隊へ帝国軍イェーガーはメガロニクス・ファイーナを撃破した帝国軍歩兵部隊である。』

『ソレは…。いや、ヤーナ隊は交戦を回避。情報を収集の後、帰還せよ。』

『待ってください!!スサンナが一人で帝国と戦っているんですよ!』

『ダメだ、帰還せよ。』

『ヤーナ、アレは…。』

『嘘…』

『キャーーーガガガッガガ!』

『如何した!ヤーナ隊応答しろ!!』

白い影が遠く、稜線の下の巨人の隊列を呑みこんでゆく…。

無音だ、思わず笑う。

あいつ等自爆しやがった…。

良く解らんが、重量物を雪山で走らせたら…。

春の雪山に雪崩が起きた…。

『ヤーナ!ヤーナ!!応答して!!』

開削した街道も全て消えた。

雪煙の中、巨人の影が山の斜面を壊れた人形の様に転がっていく…。

『ヤーナ!!』

こちらも壊れたように叫ぶ…。

何を叫ぶ必要が有るのだろう?

雪の中を匍匐前進して逃げる。

『あああ…。そんな…。』

後から谷に雪崩の地響きが聞こえ始めた…。

巨人の全力疾走は判った。

今は距離を取る必要が有る…。

十分に距離を取って走り出す。

『コイツ!!』

見つかった!

雪の中、方向を変え走り出した

途端に巨人は足を取られ、もつらせ前に倒れ雪煙の中に消えた…。

『くそー!!足が動かない!!』

女性の悲鳴が聞こえる。

いや、腕が稼働している…。

上半身を起こした…。

長い腕を動かし前に進み始めた!

雪の中を銅鑼の音を響かせ足を引きずり進む巨人…。

こっちも全力で逃げる…。

あちらは雪の中でも速度は変わらない…。

ならば転圧してある方がこっちの足が稼げる!

敵地に戻ると…。

味方の兵が手を振っている!

「逃げろ!こっちだ!」

「え?何処へ!!」

「付いて来い!!」

兵の先導で走る!

後ろを見ると…。

巨人が足を引きずり迫ってくる、雪の中より速いじゃないか!!

兵舎を抜け始めの小屋に向かって走っている。

「ココだ!隠れろ!」

「はい!」

息を切らして、破壊された小屋の前まで戻ったら少尉が物陰に伏せて居た。

「良くやったぞ、動員伍長!」

二三、深呼吸して答える。

「ありがとうございます。」

巨人が足を引きずり、腕で進む…。

「掛かれ!」

少尉殿の号令が掛かる。

「「はっ!」」

兵舎の中の兵達がロープを引くと…。

兵舎の間にロープが立ち上がった。

応急なのか、かなりいい加減な張り方だ。

立ち上がったロープを確認した兵は全員、兵舎の窓から逃げ出した。

突然出たロープに止まらない巨人は…。

ロープに絡まり…。

引っ張られた兵舎の壁が破壊された…。

軋む兵舎。

建物の梁に頑丈に縛った様子だ。

ロープの絡まった巨人は停止、丸太残骸を持った兵達が巨人の手足の間に次々と突っ込む。

『くそ!くそ!くそ!くそ!殺してやる!!殺してやるー!』

暴れる巨人…。

だが丸太は確実に巨人の動きを奪ってゆく…。

「よし、こっちはコレで良いだろう。その内に魔力が尽きて動けなくなる。降伏勧告をしろ、出てこないなら酢を流し込むと脅してやれ。」

「了解!」

伍長さんが何か叫んでいる。

みんな外国語が話せる様子だ。

『殺してやるー!なぜ動かないの!』

「何て言ってるんですかね?」

「ああ、気にするな動員伍長、大したことは言ってない。すまないが本隊に伝令を頼みたい。”敵の殲滅を確認、メガロニクス鹵獲2、捕虜少数。我が方の損害は軽微”だな。」

「”敵の殲滅を確認、巨人メガロニクス鹵獲2、捕虜少数、我が方の損害は軽微。”ですね。」

「ああそうだ。後、雪崩に巻き込まれた敵部隊だが…。」

「一度雪崩が起きれば二三日無いと思います…。足元は悪いです。天候悪化の兆候があります。その内、全員凍死すると思います。」

多分雪の中で動けないはずだ、このまま夜に成れば死ぬ。

少尉が嫌な顔をする。

「救助を出しますか?」

本職の伍長が尋ねる。

「そうか、伍長、伝令を頼む。”A小隊とB小隊は兵を連れて遭難した敵の捜索を行え。天候悪化の兆候ありだ。状況により撤退しろ。”」

「了解しました。」

伍長が伝令に走るので僕も別れる。

「では一旦、本隊に戻ります。」

「ああ、頼んだぞ。」

雪山を登る、途中見下ろすと、白い中にゴマの様な兵達が…。

死体を1か所に集めて居た。

恐らく燃やすのだろう。

別の一団は谷の反対側で蠢いている。

雪の中の敵を掘り起こして居るのだ。

監視所まで戻ると3人の兵が待っていた。

「先任少尉殿より本隊への伝令を受け取った、僕は本隊に戻る。一往、敵は殲滅したが新たな増援が来るかもしれない、監視を頼む。」

「「了解しました。」」

山の斜面を下り、村への道を走る…。


何故か巨人との鬼ごっこより、白い雪の中、弩弓を操作。

背に刺さった短矢で女の人がゆっくり倒れる情景が何度も思い出した。

顔は覚えていない、倒れた口から出た血の色が…。

妙に嫌な紅い色だと頭にこびり付いた。

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