第25話.軍隊にようこそ。11

准尉の階級章は黄色ベタではなく柄が一つ増えるらしい。

そして戦時昇進の証である赤紐を縫い付ける。

そのまま待遇は変わらないが…。

毎日、日の出から馬の準備をしてクルーガー騎兵少尉の指揮の下。

何故か馬の猛特訓を受ける事に成った。

午前中に早駆け、ギャロップ、馬を寝かせて草むらに隠れる訓練。

帰ったら馬を馬房に入れ馬の健康状態の把握、報告をして、昼食を掻き込み。

昼からは騎兵と共に剣の訓練を受けた。

木刀で模擬戦だ、無論ボコボコにされる。

剣道なんて中学の頃やった程度だ…。

帝国の剣術は正面に構えることは無い。

斜めに構えて片手で急所を突くヤツだ…。

しかし、フェンシングではないサーベルだ。

ガッツリ急所に木刀が食い込む。

しかも、柄で殴るのもOKの様子だ。

一度、足を引っ掻けて倒そうとしたが…。

一応、奇襲として成功はしたが、クルーガー騎兵少尉は驚いた顔で直ぐに対応した。

無論、逆襲を受け顔に青単が出来る程ボコボコにされた。

「イエーガー准尉。馬に乗っているのに自分の足を使ってどうする?」

「いえ…。奇襲を掛ければ優位に立てるかと…。」

地面に寝転がったまま答える。

痛くて動けん…。

「うむ、考え方は宜しいが行儀が悪い。俺は煩く言わないが…。言う士官も居るので時と場所を考える事。」

「はい、了解しました。」

寝そべったまま敬礼する。

「おい…。何時まで寝てる起きろ。」

はい。

「いてててててて。」

木刀を杖に付いて立ち上がる。

「ふむ。休憩して…。次は”&%%&”にするか…。」

馬柵に掛かった手拭いと水筒を取るクルーガー騎兵少尉。

聞き取れない単語だ。

「なんですか?その…。」

「ああ、素手での戦闘訓練だ。」

「蹴ったり殴ったり?」

「蹴りはあまり使わないな…。敵兵を捕虜に取るために使う技だ。」

「関節を抑え込むのですか?」

「…。使う場合もある。何故知っている?」

「人間の…。動物の関節は可動範囲が有るので封じれば動けなくなります。生きたまま獲物を運ぶ時に使います。」

「うむ…。そうだな。知っているのか?」

関節技はプロレスとレスリングを映像で見た程度だ。

「父に習いました…。人間には使ったことが有りません。」

「ではやってみようか…。」

「はい。」

正面で両手を挙げ手を広げる騎兵少尉。

柔道でこんな構え有ったな…。

簡単に手首を掴まれるが手刀で振り払う。

驚いた顔のクルーガー騎兵少尉に追撃を掛けようとして。

体格差で簡単に抑え込まれた…。

アーーーッ!

「驚いたな。何処で習った?」

「いえ…。コレは母から。男に襲われ腕を捕まれた時の対処法だったハズです。」

「なるほど…。」

その後、ローキックや内股を試してみたが…。

「悪くない…。お前はこっちの方が才能が有るな、腕力と体格が無いので使えないが…。まあその内に身体が追いつくだろ。良く食って寝ろ。」

はい。なんでそんなに腕白な解決方法なんだ…。

「いてててててて。」

ボコボコにされて土に寝そべっている。

「では、今日は終わりにしよう。何か質問はあるか?」

「あの…。少尉に成る最低限の技量はどの程度なのでしょうか?」

「うん?なんだ”K#z$”?」

「あ、すいません。聞き取れませんでした。どんな意味ですか?」

「うむ、技量だな?まあ。俺ほどなら抜群の士官だ。ココまで腕が有る士官は第三軍でもそんなに居ない。」

「えー。」

耐えられ無かった。

「なんだ?戦時准尉。」

「いえ…。少尉殿は僕が士官としての最低限度の技量が無いので鍛えてくれるのだと思ってました。」

「まあ…。学生上りなら言い訳もできるが、お前は叩き上げの戦時士官だ。生き延びたかったら技量を研け。」

はい。了解しましたクルーガー騎兵少尉殿

「いてててててて。」

ありがとうございます。

寝てても仕方が無いので立ち上がる。

「うん、お前は剣の才能が無い。しっかり練習しろ。あと、変な技を知っている様子だが…。悪くない、だが時と場合を考えろ。」

「はい、了解しましたクルーガー騎兵少尉殿。」

敬礼して別れる。


井戸へ行って身体を洗おう、打撲は冷やした方が良いだろう…。

ソレから急いで士官食堂だ。

昨今、士官全員が僕に飯を喰わせようと企んでいる様子だ。

目立たない様に早く食べて逃げなくちゃ。




「失礼します。クルーガー騎兵少尉です。こちらにホフマン大尉お見えだそうで。」

「入れ。」

連隊司令室に入室すると、連隊幹部が揃っていた。

「全員お揃いで、丁度良かった、イエーガー准尉の事でご報告が。」

ホフマン大尉とオーウェンドルフ少佐が視線を交差して少佐が頷いた。

「話せクルーガー少尉。」

ホフマン大尉が命じる。

「はっ。先ずイエーガー准尉は王国語を全く知らない様子です。幾つか単語を混ぜましたが反応しません。ですが、何か変な事は覚えている様子で、剣を初めて渡した時、両手剣の構えをしました。」

「うん?両手剣?」

「剣が重くて槍で戦っていた時代の構え正中です。」

今更?士官の誰かが呟く。

「芝居でも見たんだろ…。」

ホフマン大尉が呟く。

「その割には、足の位置が良かったです。」

「ふむ、そのほかは?」

オーウェンドルフ少佐は興味を示した様子だ。

「何か…。師事を受けた事が有る様子です。体術技を幾つか知っている様子です。見た事が無い構えです。しかし身体が付いて居ませんが…。」

「うーむ…。」

唸るホフマン大尉。

「抜群のクルーガー騎兵少尉が知らない技…。」

悩むオーウェンドルフ少佐。

「王国の技…。ではありませんね。少なくとも王国の気配は何もありません。ただの素直な胡散臭いガキです。」

「ふん、俺も初めそう思ったが…。」

苦笑する連隊長少佐

ホフマン大尉が話す。

「猟師の倅で子供が売り込みに来た時点で十分に胡散臭かったのです。仕事はしっかりとこなします。出来ない事は出来ないと言いました。」

工兵士官が手を挙げる。

頷く連隊長。

「イエーガー准尉はメガロニクスの教本を読んで内容を完全に理解してしまいました。異常です。少なくとも数学的、力学的な解析を行った様子です。なお、鹵獲した王国語の資料は全く読めない様子でしたが…。帝国語で読み上げれば直ぐに理解しました。」

「なるほど…。確かに異常だな。その他には何かあるか?」

「はい。しかし、メガロニクスの昔話は全く知らなかった様子です。操者が女だと言う当たり前の事を知りませんでした。」

「偽装では無いのか?」

連隊長が質問した。

「単純に驚いていました…。その後、対メガロニクス戦術を示唆して。鹵獲した後、資料と現物で簡単に王国のメガロニクスの構造を理解しました。後…。」

「なんだ?」

「メガロニクスに交信の水晶が装備されている事に驚いていました。」

「はあ?」「なんだ?」「昔からあるぞ?」

「そのほか何か情報は在るか?」

ホフマン大尉が手を挙げる、連隊長から目で了承を得る

「イエーガー准尉の父、猟師頭は村と山から出た事が無い様子で、王国語を知りませんでした。住居や村の中には王国製品も無く、全く交流が無い様子です。村長の話でもここ数年前を最後に交流は途絶えたそうです。」

「王国との戦争イザコザが始まった頃か…。」

「それ以前も交易量は少なかった様子です。村は寂れた様ですが。」

主計の少尉が手を挙げる。

頷く連隊長。

「はい、イエーガー准尉の母は近隣の教会で下働きをしていた時期があり…。まあ、何処かの大きな町から派遣された若い宣教師とややこしくなり。そのまま村に帰されたそうです。」

「くそ…。鈍ら坊主が…。」

「その宣教師は貴族の血で前の町でも女関係でややこしい事をして教会に来たそうです。無垢な村娘なんてイチコロですね。」

「どっかの騎兵少尉の様な事をするな…。」

「どの騎兵少尉も一緒ですよ。」

女にモテる騎兵少尉、士官はモテ無いのでやっかみだ。

「で?その宣教師とは?」

「他の教会に飛ばされて終わりです。手紙の交流も無い、イエーガー准尉の生まれる2、3年前ですね。」

なるほど…。

”母から教わった…。”

多分、男に腕を捕まれた時の対処法はココからか…。

「この話は他でするなよ軍機とする。」

キツイ口調の連隊長。

真面目に答える士官達。

「解ってますよ。」「無論です。」「教会に睨まれたくないですからね。」

納得したので発言する。

「結局、胡散臭いイエーガー准尉ですが…。王国との関係はありませんね。」

頷くホフマン大尉。

「うむ、只の帝国の田舎の猟師の倅だ…。但し胡散臭いガキだ。」

「妙に計算高い…。いや、数学の知識があるガキです。理解度が異常に早いですが。」

工兵少尉に工兵士官達も頷く。

「才能の有る…。士官を見つけるのは難しい。昨今、学生でも10人に1人だ。」

連隊長の発言に補足する。

「半分は初陣で死にますからね。」

「クルーガー騎兵少尉、イエーガー准尉は騎兵としてやっていけるか?」

「未だ馬に上手く乗れませんが…。素質は有ります、でも歩兵士官か工兵士官の方が伸びそうですね。真面目で素直過ぎます、多分女で問題を起こす。」

「なるほど…。」

「まあ、クルーガー騎兵少尉がそう言うなら。」

「本人は工兵士官を希望しています。」

「士官に成ってか転科すれば…。騎兵から転科した話は聞かないが。」

「騎兵は特殊だ…。士官に成れば転科しようと考える者も居ないだろ…。」

「出世もしませんけどね。」

出世すると女にモテないからな。

「よし、解った。イエーガー准尉は帝都に連れて行く、第三軍の士官候補生として相応しいと認める。」

「「「はっ!」」了解しました。」

連隊長が決めた。

イエーガー准尉は王国の間者では無い。

士官としての最後の障害は無くなったのだ。

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