第15話.軍隊にようこそ。1

仕事に納期が発生した。

やる作業は増えて無いが、仕事を完璧にする必要がある。

あの会議の後、工兵少尉の持っている巨人関係の書類を自由に閲覧出来るようになった。

一度チェックリストの不備を指摘したところ。

めんどくさく成った工兵少尉が丸投げしたからだ。

壊さなければ良いという態度だったので。

鹵獲した王国の工具を使って操縦席廻りの水晶を分解整備することを覚えた。

整備マニュアルらしき物も鹵獲されたが、王国語なので読めない…。

帝国の教本と見比べ、現物が有るので何とか理解できる程度だ。

王国と帝国の巨人は作りが違うが、結果は一緒なので見比べながらの作業で理解が増した。

だれだ?この関節のサーボモータ制御を考えたヤツは。

他に何とか方法は無かったのか?

かなり面倒な方法だ。

自分で思案しながらの手探りの動作確認を行った。

と言っても、足場にぶら下がったままの巨人を動かすだけだ。

そして、理解したのは、巨人は全て操作感覚が違う。

個体に癖が在るのだ。

工作精度の問題なのか、材質の不均一が原因なのか不明だ。

ただの誤差精度の蓄積かもしれない。

機体を変えると習熟訓練が必要な程違うと言うのは工業製品としてはどうだろうか?

同じ工廠で作られた同じ様な機体なのに…。

製造は一品物なのかもしれない。


20日後に巨人回収部隊がやってきた。

それまで頻繁に早馬が行き来していたので、外の情報は入りつつある。

南の戦いは一進一退で変わらない。

季節だけが春へと進んでいる。

もうそろそろ山の実家に戻っても良い頃だ。

山の雪解けは進んで山頂に残す程度。

あの平地戦場は池に成った頃だ。


足場の丸太は解体され、巨人は全て仰向きに横たわっている。

「これが、王国のメガロニクスね。」

「ふーん、標準型なのによく鹵獲したわね。」

「うわ、最悪。私の苦手な手長じゃない。」

随分と豪華な馬車に揺られてきた操縦者お姫様は何処かのお芝居の騎士の様な姿だった…。

遠目でしか見ていないが…。

説明する工兵少尉への態度で、何となく性格が悪そうに見えた…。

袖にされても、少尉は何とも思っていないのか無表情で…苦い顔だ。


僕は鹵獲品を馬車に積み込む仕事を手伝っている。

と言っても鹵獲品目録の中から質問された物を示すだけだ。

全ては運べないので、工廠側が欲しい物を選んでいる。

作業書と治工具と思われる物は全て持って帰る心算の様子で、一般的な工具は選んでいる。

鹵獲品の作業用の起重機や樵道具等は見向きもしなかった。

これは少し救われた。

もう既に、軍が村人達への労役の支払いツケの一部を鹵獲品の雑貨や工具で支払った後だ。

村の人は高価な道具を手に入れて喜んでいた。

鉄製品は村では手に入らない、何せ鍛冶屋が居ない。

夏にしか鋳掛屋鍋直しタガ屋桶の修理も来ないのだ。

壊れた道具を騙し騙し使っている村人達からは、どんな道具…。

例え金槌でも何でも壊れて居なければ大喜びだ。

一方、操縦者お姫様方は一応動作壊れていないのを確認すると…。

次の日の朝に三基の巨人は立ち上がり、荷馬車を連れて駐屯地を離れて行った…。

これで僕の仕事は終わりだ…。

後は、何か退職金をせびって軍を抜けるだけだ。

冬季には又、雇って貰うのも良い。

その時は親父も村人も何か理由をつけて雇ってもらおう。

理由を考えていると…。

「おう、動員伍長。付いて来い。」

騎兵少尉が声を掛けてきた。

「はっ!少尉殿なんでしょうか!」

「中隊長殿がお呼びだ。」

「はっ!」

中隊長の呼び出し程度で少尉殿が自ら来るのか…?

その時の違和感は本物だったと後悔した。

「ガリル動員伍長到着しました!」

司令部に入るなり叫ぶ騎兵少尉。

「うむ。わかった。準備を行え。」

「はっ!ガリル動員伍長はこの着衣に着替えろ!」

いきなり包みを渡される…。

梱包を解くとズボン、カッタードレスシャツ…。

上着は袖と襟が長いタイプの肋骨ボタンに金モール。

騎兵の衣装で、お祭りの役者の様子だ。

「はぁ…。」

仕方なく革のスモックを脱いで、渡されたズボンとカッターシャツに着替える…。

ズボンはニッカボッカに近い騎兵ズボン。

カッターシャツは襟を立て、赤と金色モールの上着を着る。

肋骨ボタンと詰襟カフスを留め、有り余るカッターシャツの袖を返しボタンで留める…。

少々服がでかい…。

まるで中坊の制服の様子だが。

肋骨ボタンで歌劇の役者の様だ…。

騎兵ブーツまである。

「あの…着替えましたが少々大きい様子です。」

騎兵少尉が手を貸してくれる。

「ああ。ズボンと袖はここで調整しろ…。肩幅は直ぐに身体が追いつくだろう。良く喰って寝ろ。」

そんな腕白方法で大丈夫か?

「よし…。今後、着衣は自己で用意する自弁だ注意しろ。」

「はい…。え?」

誰かのオーダーメイド士官服に見える…。

高そうだ職人の手仕事だ。

コレを自腹か…。

あまり袖を通さないようにしよう…。

「コレは俺のお古だが…。まあ、何とか形にはなったな。付いてこい。」

騎兵少尉の後に付いて歩く。

ブーツが大きめで歩き辛い。

ブーツが止まった指揮官室だ。

ノックする騎兵少尉。

「だれだ。」

「クルーガー少尉です。」

「よし、入れ。」

ドアを開け入る騎兵クルーガー少尉。

続いて入る…。

騎兵少尉が壁に立った。

見ると士官が全員そろって並んでいる。

「ガリル見習士官は前へ。」

名前を呼ばれて前に出る…。

では無く取り残される。

「はい…。」

見習い?

中隊長が”馬子にも衣装”状態の感想を述べる。

「ふん、ガリル見習士官、悪くないな。司令部では、この制服を着用すること!」

中隊長の命令に返答する。

「了解しました!」

答えて困る…。

え?毎日着替えないといけないの?

「どうです?俺のお古です…。」

騎兵クルーガー少尉が得意そうだ…。

「まあまあだな。一応見える様に成った…。では始めよう。」

中尉殿の声で士官が皆、足を揃える。

床に響くブーツぐんくつの音。

「ガリル・イェーガーは帝国騎兵、見習士官として研鑽を積み、皇帝陛下と軍に忠誠を誓うこと。」

僕に苗字は無いのだが…。

猟師イェーガーが苗字扱いに成っている…。

「はい…。郷土の平和を守る為に皇帝陛下と国旗に忠誠を誓います。…何ですかこの儀式?」

壁に並んだ士官の顔が真面目だ。

答える中尉。

「うむ、見習士官の心意気、貴殿の愛国心は理解した。」

派手な動作で感心を表す中尉殿。

えー、このお芝居、何処までやるの?

「貴殿はやがて帝国軍士官学校へ進み、候補生として、その身体を鍛え。国難の為に義務を遂行して、国家に献身を捧げること。」

え?俺。学校行くの?

「中尉殿?これは決定事項なのでしょうか?」

小学校も出てないのに?

「うむ、貴殿の父上とも村長とも話し合ったが今考えられる一番の良い方法だ。」

周囲の士官の顔を見渡す…。

だれも笑ってない…。

ドッキリ企画では無さそうだ。

親父…何をした…。

「ガリル見習士官、安心しろ。候補生は皆16からだが騎兵は12歳から任官できる。」

騎兵クルーガー少尉が方向違いの話をする。

「私は馬に乗れないのですが…。」

「安心しろ、見習い騎兵は皆、馬に乗れないぞ?飼葉桶とピッチフォーク農業用ホークが兵器だ。先ずは馬の世話を覚えろ…。」

うわー猟師から牧童に転職だ。

「うむ。ガリル・イエーガー見習士官は士官学校に入学するまで。我が中隊が家族として迎え入れよう。これより階級章を授与する。」

簡単に進路難関を指定する士官エリート達。

僕、学校に行ってないのに試験が在りそうな学校行けって?

中隊長殿が赤い布に包まれた襟章を取り出した。

”前に進め。”

工兵少尉のささやきを聞き従う…。

コレは逃げられないヤツだ…。

どうやら大人たちで話は解決している。

中隊長自ら肩に階級章を付けるのを見守る…。

階級章は黄色地だけで何もない…。

これ、新兵の階級章だ。

「士官候補生は階級上は軍曹だが、慣例上、待遇は伍長である。」

何も変わっていない。

襟章を確認する…。

そして徽章は二等兵以下新兵だ…。

「はあ…。」

何も、変わっていない…。

「では、次!」

その言葉で一斉に士官達の背筋が伸びる。

「皇帝陛下より頂いた、功績の序章を代行する役目光栄をお受けいたした。」

恭しく木の箱を捧げる中隊長殿…。

そんなに高そうな木箱に見えない…。

「各員、皇帝陛下紋章に最敬礼!!」

別の士官が叫ぶ…。

声に応じる士官達。

皆、敬礼の姿だ。

只の木箱だぞ?

仰々しく木箱から出てきたのは、琺瑯焼の小さなバッチだった。

多分、ブリキか真鍮だ…。

すごくしょぼい…。

「貴殿は、功績を認められ。皇帝陛下より、”メガロニクス撃破徽章”を授与された…。コレは貴殿の武勇により獲られた戦果である…。誇りに思え。」

「はい…。ありがとうございます。」

返答に困ったのでコレで流す。

「うむ、では、次に協同撃破徽章者の授与を行う。呼ばれた者は前に出ろ。」

話を流す…。

胸に付いた徽章は、安っぽい。

真鍮に琺瑯のバッチだった。

この時は特に何も思わなかったが…。


このメガロニクスバッチ撃破徽章は僕の人生に一生こびりついて来たんだ…。

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