第8話.戦場にようこそ。5
年が明けて、冬の終わりが近づいてきた。
燃料置き場の兵舎が随分と寂しくなった。
良い知らせは雪が溶け始めた。
雪解け鳥の声を聞いた。
このまま行けば春は早い。
定時連絡で士官室へ行き、報告書(木の板に書いた)を提出して中尉殿と話をする。
「栄養不足の兵が出てます。木の実は確実に兵に食べさせて下さい。又、天気の良い日はサウナを日中にして上半身を日に曝して下さい。」
「必要なのか?」
「はい、皆栄養が不足しています。食欲が無くなって顔色が悪くなっています。良い知らせは今年の春は早そうです。悪いほうは、暖かい日が続くと雪が緩みます。雪崩が起きるので山に入れません。食糧が持ちません。雪の中の蕪を掘り出し生で齧る必要が有るかもしれません。」
偶々いた軍医も頷く。
「そうか…。解かった。下がれ。」
「では、失礼します。」
必要な事は話したので大人しく退室する。
「どう思う?副長。」
「はい、的確ですね。恐ろしいガキです。俺の下に欲しいです。」
「そうか…。」
「軍医、負傷者は?」
「骨折二名は復帰しました、風邪っぴきが多くなっています。食料は後20日です。正直、ココまで持つとは思いませんでした。」
「何とか越冬に成功したのか…。」
「はい、」
「少尉はどう思う?」
「いえ…。正直ココまで上手く行くとは思いませんでした。計算外です。」
「村人は何と言っている?」
「あと40日は街道は閉塞している様子です。」
皆、口には出さないが、当初の食料の計算は兵の損耗も考慮に入れた数だった…。
「食糧が足りないな。」
「食料の確保に兵を裂くしかないですね。」
「うーん、困ったな。」
「何か方法は無いか?」
「他の食料を聞いては?」
「誰に?」
さっき報告したの直ぐに中尉殿に呼ばれた。
報告書に誤字は無かったハズだ。
「はあ?食料ですか?」
「そうだ、何か方法は無いか?」
「あまり…。お勧めしませんが…。」
言ったら採用された。
大人数の兵を指揮して、雪を川に放り込む。
川を雪でシャーベットに変える。
川面一面にスコップで投げ込まれた雪は白い色が透明。いや、灰色に変わる。
「コレで魚が凍えて浮かんで来るはずです。」
正直、喰えない魚が一杯上がっている。
川の中に入り、手づかみで魚を捕る兵たち。
冷たさに騒ぐ兵、可笑しさに命令を下す軍曹が笑っている。
どんどん飼葉桶に魚が入っていく。
レクレーションなのか兵隊達は皆笑顔だ。
しかし、どうやて喰うのよ?
凍傷になる前に川の中に入った兵はサウナに突撃していった。
揚げるしか方法が無いので全て内臓を取り出し素揚げにした。
鹿の脂身は沢山ある。
川魚で可成り臭みが有るハズだが、兵達には意外と人気だった。
エビや蟹まで揚げたから…。
栄養価は高いはずだ。
翌日、腹を壊す兵は居なかった。
恐ろしいな。
兵隊さんの
二日間ぶりに雨が上がった。冷たい雨だ。
雨が降るのは春は近い証拠だ。
未だ雪が溶けるワケでは無い。
何故かこの頃に成ると、士官の定例会議に参加する事が多くなった。
僕は報告を黙って聞いているだけだ。
内容は悪い話は多い。
雪の中の蕪は全て掘りつくした。
あと食料は残り10日だ。
「風邪っぴきが増えました。これで15人です。体調の悪そうなのが数人居ます。」
軍医が報告する。
「そうか…。おい、動員伍長。キミならどうする?」
尋ねられたら答えるのが仕事だ。
「体調の悪い人は暖かい部屋に移動させて。栄養の良いモノと新鮮な木の実を与えるしか無いです。流感の兆しかもしれません。空気の入れ替えを頻繁にするか…。兵に口を覆うマスクを全員に着用させて。ハーブをお茶にして飲むしか方法がありません。」
「マスクとは?」
「口を洗って乾いたマフラーか包帯で口と鼻を覆うダケです。毎日取り換え、茹でて干す必要があります。寝るときもです。」
口を手ぬぐいで覆ってみせる。
「なんの効果がある?」
「胸が弱っている人は埃や風に弱いです。ソレを防ぎます。特に咳をする人と対応する人には必要です。」
「そうか…。」
軍医は微妙な顔だ。
この世界にマスクは無いのか?
いや、親父が煙突掃除するのに使っていたので有るハズだ。
「動員伍長、食料の補給方法は何かあるか?」
「雨が降りました、今晩は晴れます、明日もです。冷えると思います。こうなると街道は氷つきます。大人が数人いれば街道を強行突破できます。橇に乗せて。」
「なに?」
「コレ位の時期で、村で急病人が出ると麓の町まで強行輸送する時が在ります。行きは下り道で夜どうし交代で走って日の出で出発。次の日の日没前に町に着きます。帰りは三日掛ります。」
「…。」
「金が掛りますが緊急物資は輸送できます。馬は…。無理ですね。ウシなら行けます。昔有った話では、空の橇を人が町まで引いて牛と食料を買って帰りは牛に引かせて牛を皆で食べたと聞きました。」
「なるほど…。」
「重傷者を輸送して食糧の余裕を確保する方法も在ります。」
「そうか…。」
「帰って来るまでは…。最終手段が有ります。馬を…。」
「ダメだ馬は軍の資産だ…。」
抗議する騎兵少尉。
「馬の血を抜きます。」
「なにっ。」
「大人なら馬の血、ジョッキ一杯で一日です。生のまま飲みます、馬は多少の血を抜いても問題ない筈です。量は軍医殿に相談して下さい。」
将校全員が嫌な顔をする。
「そうだな…。確かに…。栄養は有るだろう。馬は体温が高い。肉は生で食べられる。」(今は新しい寄生虫が見つかったのでダメです。)
軍医が答える。
「しかし…。」
「馬の体調を見ながらの採血です。20頭居るので…。最悪…。の話です。」
未だ最悪の手段は有る。
馬のうんこだ。
腸内でセルロース分解菌を通した
流石にソレを指摘する前に指揮官が決定した。
「解かったソレは最終手段だ…。強行輸送の案を採用する。少尉。人員を選別してくれ。補給長は調達物資の選定。軍医は帰還する負傷兵の選定。」
「「「了解しました!!」」」
軍の緊急輸送がきまり村からも人員が出た。
道案内と付き添いだ。親父も参加するらしい。
親父は体調が回復して薪割りを率先してやっている。
体が鈍っているので良いリハビリだろう。
橇が三台も出て2個小隊での出発だ。
牛を三頭買って…。無理なら一部兵隊を町に残すらしい。
優しい口減らしだ。
行きは空荷に近い。色々な人が毛布に包まって乗り込む。
村の中にも病人が居るのだ。
兵が引く橇を見送る。
軍医が見ているが様態が悪い村人も載せている。
町の教会に収容されるはずだ。
姿が消えると。
村長が来年の秋の寄付の心配をしている。
ブツブツ言っているが。
「ココまで帝国に貢献したんだ。何か言ったら何か貰えるだろ?」
と言ったら機嫌が良くなった。
多分もらえるのは感謝状位だろうが今は言わない。
もう既に
来年の夏は二倍の兵だからな。
数日間、天気が良い日が続いた。流石に雪のぬかるみを心配する。
山には入れないので観測点からの監視のみだ。
食料の限界が近づいている。
明日から試験的に馬の血で過ごす兵を算段する状態になった。
病人に与えたら回復が良くなったのは確認済みだ。
まあ、生だとビタミンが有るから…。
数日後の定例会議の報告中、監視小屋からの旗信号で強行輸送隊帰還の一報が来た。
正直、隊長が安堵のため息を付いていたのが印象だ。
帰って来たのは牛に引かれた橇二台と食料一杯。
一個小隊はそのまま町に逗留中で。
食糧確保の上帰還するらしい。
運んできたのは食料ダケで無かった。
手紙だ。受け取る兵隊さんは皆、騒ぎ。
思い思いの場所で厳かな儀式の様に手紙を見入っている。
家族が居る男達なのだ。
まあ、そうなるか…。
僕は、静かに兵舎を後にした。
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