2 捜査の進展
警視庁捜査本部が置かれた会議室には数百名の刑事が出入りしていた。サイバー犯罪対策課のデータ解析を専門とする分析班が捜査を進めている。
大きな問題はいくつか浮かんでいて、1つは南アフリカ国内では捜査権を行使できないこと。証拠が集まらずに国外に捜査依頼する段階にない。被害者には共通して、事件に巻きこまれる前の出国歴がなく、にも関わらず南アフリカにいたこと。すべて五里霧中だった。
「そもそもどうして出国歴のない人間が南アフリカにいるんだ」
ミルクキャンディをなめながら浅井は顔をしかめた。なにか、大きなカラクリが。やつらの中に密入国できるような仕組みが存在している可能性もある。
唸っていると天啓のような言葉が聞こえた。
「入国してないんじゃないですか」
浅井はぎょっと目を剥いた。インテリは再生中の画像を止めて、指差した。
「これって海でしょう。おそらく潮の流れがある。港から出てそのまま連れていったんじゃないですか。陸地に上がらずにそのままやってる可能性はありますよ」
ぽかんとする。その後、口をパクパクとさせた。
青天の霹靂だ。
「おっまえ、頭いいなあ」
頭をわしわし撫でるとインテリがやめて下さいよ、と払った。
「すぐにここ数カ月の関東周辺の港湾の出入港履歴と被害者の失踪日時を照らし合わせます」
そういうと座り直してインテリはパソコンを叩き始めた。
浅井は斜向かいに座っている分析班の元へいく。彼らは今、佐久間梨乃の残したキジマという情報を懸命にたどっている。
佐久間梨乃はどこかでキジマと接触している。これはおそらく事実。
だが、彼女の被害前の行動をたどっても今のところ不審な人物にいき当たらない。友人と食事にいったり、ショッピングモールで買い物したり、防犯カメラにその都度姿は確認できているが、事件に関わった人物を洗い出すというのも骨の折れる作業だった。
「なにか、分かったか」
「なにも」
彼らは日がな防犯カメラばかり調べている。人波を観察して、過ぎゆく人を永遠に見続ける。
分析官は目がチカチカする、と目を手のひらで覆った。
「監視カメラの設置されていないところで会ってた可能性はありますよね」
眼鏡を外すとコーヒーを飲んだ。おかわりしているところを何度も見ている。
隣の分析官が呼ぶ。
「浅井さん、佐久間梨乃の通話履歴です」
そういって表示されたものをつぶさに確認した。
「くり返しかかってきてる不審な番号はなし。他の被害者と一致する番号も。たぶん都度、違う携帯でかけてるんでしょうね」
「ひどく慎重だな」
分析官は唇を噛んでこくこくとうなずいた。
「全件契約者を調べます」
そういうと彼は猫背気味にパソコンに没頭した。
被害者の周囲の人物の洗い出しはすべてやった。怪しい人物も何人かリストアップして聞きこみしているが、事件に繋がらない。
浅井は席につくと不慣れなパソコンを操作した。
疲労し切った脳にネットの海が押し寄せる。
世間にはシャークファイトに関する誤情報があふれていた。それを1つ1つ吟味している段階だ。
コーヒーを何杯もおかわりしたくなる気持ちも分かる。
シャークファイトの全貌は未だ闇のなかだった。
◇
最後の事件から2週間が経過していた。新たなシャークファイトの告知はない。
捜査本部はシャークファイトの被害者の消息を探ることに躍起になっているが、扱いはあくまで男女5名連続行方不明事件。被害者が発見されない以上、殺人事件と銘打つのも難しい特殊なケースだった。
「浅井さん、これ」
インテリが呼びつけた。出入港の履歴確認はすでに終わっている。該当するものはいくつもあって、記録の上で不審な船を探している段階だ。
彼が開いていたのは衛星画像だった。
南アフリカの先端、喜望峰が映る。
「変な船があるんですよ」
そういって豆粒のような画像を拡大する。一見見逃してしまうようなほんのわずかな点。沖合いだ。船が二隻並ぶようにしている。
「連絡取り合ってたんじゃないか」
「これタンカーですよ。おかしいです」
そういって画像を繰る。
「この日も、この日も、この日も。佐久間梨乃のライブの日にも。全部、沖合に2隻で停泊してるんです。しかもどちらも南アフリカには入港してないんですよ」
「船籍は」
「分かりません、画像をたどって調べます」
胸に灯のような可能性が浮きあがる。なにかがつかめるかもしれない。浅井刑事はイスを寄せてそばに腰かけた。
自身にはデータ解析のノウハウがない。だから、有能なものに頼るしかない。祈るような気持ちを募らせていると隣にいた協力してあたった分析官がようやく言葉を発した。
「やっぱり一隻は日本にきてますね」
こめかみを押して頭痛を散らしながら聞いた。
「日本での入港履歴と照らし合わせると『大岬』というタンカーです」
「日本船籍……か」
イヤなものを予感して、浅井は歯を擦り合せた。だがその懸念はまだ口に出す段階ではない。
「大岬ってのはどういう船なんだ」
「普通の商船ですよ。ただ、譲渡されて持ち主が変わってますね」
タンカーを譲渡した。これには空いた口がふさがらない。もの好きの一般人がいたものだ。
出てきた写真には老人会で撮った写真だろう、朗らかに笑んだ老人がゴルフクラブを持って映っている。
「2年前まで所有者は鮫島卓二という貿易会社に勤める男性でした。その後親族に譲り渡して、彼は肺がんで亡くなっています」
「冗談みたいな名前だな」
「ですね」
その言葉を聞くと「インテリ」と声をかけた。インテリがパソコンを名残惜しそうにして立ち上がる。まだ、調べ足りないことがあったのだろう。
「今から鮫島卓二の自宅に向かう。進展があったらその都度、頼んます」
言伝するとジャケットを羽織って捜査本部をあとにした。
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