5 祝勝会の夜に
その夜は祭りだった。
バジャウの広場でキャンプファイヤーを焚きながら、自然と手拍子が始まる。
今日はジョセフが1億円を手に入れた記念日だ。
シャークファイトに参加して、1億円を手に入れたという報告に歓喜した。みんなアタッシュケースをのぞいては興奮している。
そばには恋人のイザベルがいて、彼女の細い指にはパールの指輪が光っている。賞金の一部で颯爽と購入してきたものだ。ジョセフはプロポーズをして受け入れられた。
細身のホセ老人も豪快に酒を飲んでいる。
「ジョセフ、やったもんだな。あのシャークファイトだぞ」
肩を組んできたのは同い年のヴィンスだった。彼もまたこの集落に残ってみんなの生活を支えている。腕のほうはイマイチだが、ノリの良さではピカイチだった。
彼はスマートフォンを所持していて、集落の人間はだいたい連絡したいことや調べたいことがあると金を払って彼に格安で貸してもらう。
シャークファイトのことも当然彼は知っていた。
「サイトのことはいえなかったんだ。だってお前はサメに襲われただろう。漁がイヤになると思って」
いつもなら神経を逆なでした言葉だが、気にならなかった。ジョセフは死闘を超えて、父の死をようやく乗り超えたのだ。
「それがまさかそれにトライしちまうとはな。見直したぜ」
ヴィンスは酒をぐっと飲み干して、ばんばんと背中を叩いた。苦笑いをしながらジョセフも相槌を打った。
酒が深まり、目の前のキャンプファイヤーは漁火のように落ち着き始めた。指先を地面に遊ばせる。オレンジ色の小さな光がイザベルの目に灯っていた。
「いいよね、イザベル」
「うん」
そういって絡めた手を解くと立ちあがった。
「みんな、話があるんだ」
突然の発言に会話が止まり静かになった。何事かと目を向けている。
ジョセフは事前にイザベルに相談したことを告げた。
「賞金はみんなで分けることにするよ」
えっ、と空気がざわついた。すぐに発言したのはいつも親切にしてくれるおじさんだった。
「ジョセフ、それはいけない。お前が命をかけて稼いだ金だ」
次いで立ちあがったのはとなりに座っていた男だった。
「そうだぞ、ジョセフ。そんな大金、大事にしなくちゃいけない」
ううん、とジョセフは首をふった。
「大事にしてるから分けるんだよ」
その言葉にみんな耳を傾けた。
「オレはこの集落に生まれて、父に漁を教わり、サメを狩り続けた。そうしたこととは決して切り離せない。いつもオレを支えてくれたのはみんなだった」
じんと打たれたようにみんな静まった。
「オレたちみんな、ジョセフに悪いと思ってたんだよ。でもいい出せなくて」
そういったのは向かいに座っていた青年だった。
そうだったのか、と涙が出そうになった。
後悔はない。心からの気持ちだ。
「オレがみんなを思うのはしがらみなんかじゃない。家族だよ。これまでもこれからもオレはみんなと生きていく」
それから間もなくお開きになって、イザベルを送った帰りに夜道を1人歩いている。酒も十分に飲んで、みんな嬉しそうだった。アタッシュケースは立派で重い。ちゃんと計算して分けよう。でも、今日は早く眠りたかった。
「綺麗な星だなあ」
夜空を見たときに独りごとがこぼれた。勝利の余韻というのも悪くない。
指輪を受け取ったイザベルの嬉しそうな顔を思い出す。
「何ていったけなあ、憶えてないや」
プロポーズの言葉はなんだったか。ずいぶん焦ったものだ。ひとり微笑みがこぼれてならない。
次の瞬間、がんっという衝動を頭に感じた。
体が崩れ落ちる。
地面を頬に感じて視線を向けるとさっき別れた何名かがいた。
そのなかにあいつもいて。
「なっ…………ヴィ……ス」
「悪く思うなよ。そんな金、見せびらかす方が可笑しい」
男たちは手にパイプをにぎりしめて、ふりあげると何度も殴打した。頬が地面に沈みこんでゆく。
意識が遠のいて、頭に心地よいまどろみが訪れた。
そうか。プロポーズの言葉は。
一生そばにいて欲しい、一生そばに、そばに…………
「殺ったか」
仲間の1人が髪をつかみあげた。ジョセフは白目を剥いていた。
呼吸が止まったのを確認するとヴィンスは待ってろ、と電話をかけた。
「あんたの要求通り始末したぜ。金はいつ振りこんでくれるんだ。ああ、そうだ。いや、それじゃ話が違うだろう。これだけじゃ足りないんだ。賞金に上乗せしてくれるって約束したから…………」
通話は無理やり切られた。
「ちっ!」
青年たちはアタッシュケースを掲げると闇に隠れるようにして持ち去った。
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