6章 永山涼太

1 フラッシュバック

 最後の動画が投稿されてから、ひと月が経った。

 シャークファイトはそれから起きていない。

 世間のほとぼりは冷めて、学校でもシャークファイトについて話すことはずいぶん減った。時折、コンビニなどで話題にすがりつく週刊誌を目にするが、ほとんど眉唾ものの信用に値しない記事だった。


 シャークファイトを動かしているのは某国の陰謀だ。主催者は某有名企業のCEOだ。


 どうでもいいことだった。

 たぶん嫌悪なんだろう。


 涼太の日々は回り続ける。朝がきたら登校して、授業を受けて、部活に出る。くたくたになるほど泳げば、イヤなことすら思い出せずに眠る。

 でも当たり前の日常に父はいない。


 父は3回目のシャークファイトに参加して、賞金を得た。その賞金はどうやら伝手で支払われたらしく、父のトライを機に借金取りはこなくなった。


 なんとか父の消息をつかもうと、借金取りに聞きにいったこともあった。でも、殴られて終わりだった。


 世間ではすでにシャークファイトが終わったとのうわさが流れている。

 こうしてたくさんの人々を巻きこみながら起こった社会の一大ムーブメントは時代の波へ消えてゆく。


「涼太」


 呼ばれてふり向くと水泳部の仲間が水泳帽を脱いだ。


「今日帰り、寄ってくだろ」


 指をくいくいとするので、いいよと笑ってうなずいた。

 部活の終わった帰り道、仲間4人で喫茶店に寄った。


 テーブルに広げるのは自主練計画書だ。顧問に作成しろといわれて1人ずつ貰っている。文字で埋め、蛍光マーカーで線を引いて仕上げていく。


「お前の親父さんさあ、まだ帰ってこないんだよな」


 友人が手を動かしながら問いかけた。


「帰ってない」


 吐息しながら答えた。


「警察は捜査してるんだろ」

「してるだろうね。でも知らないよ」


 物差しを使って丁寧にラインを引いた。


「そういうのって家族には伝えないのか」

「なにも聞いてないよ」


 事件当初、警察は何度も聞きこみにきた。パソコンはまだ預けたままだし、尽力してくれていることは理解している。それでも無能だと思えた。

 事件を未然に防げなかったことは腹立たしく、それ以上に父の異変に気づけなかった自分を責めていた。


「できたー」


 友人がやや雑に仕上げた計画書を広げる。蛍光マーカーが透けて見えた。生徒個人に練習内容を決めさせようというのは自主性を大事にする顧問の方針だ。これを続けていればきっと上手くいく。


「大会までにさ、タイム少しでもあげときたいと思って」


 すっきりとした笑顔を見せている。彼のこういうところが好感だと思えた。他の2人も同調したように清々しい顔をしている。

 涼太は几帳面な文字で書きあげると内容を見せずに、カバンに仕舞った。


 それから追加のパフェを注文して、ゲームのことだとか、どの女子が可愛いだとか、男子高校生らしい会話した。

 こうした日常が今でも涼太の心を支えている。

 



 帰宅した涼太は母に声をかけると自室にこもった。スマートフォンを布団に投げて、部屋着に着替える。水色の部活Tシャツと短パンを履くと、ベッドに横になった。水に長時間いるから体がだるい。


 スマートフォンを持ったが、まぶたが落ちてくる。それをおしてネットにアクセスした。検索履歴が出てくる。それをタップすると、スレッドを開いた。



――実際シャークファイトってもう終わったの?

――ひと月やってない

――録画して投げてるから実際はもっと長いだろう。

――どれが一番すごかった

――高木勝利。迫真の演技だった。あいつの演技力見くびってたわ。

――勝利、中国で俳優に戻ったって本当かな。似てるの見たって人いるわ。

――いや、普通に死んでるでしょ

――堅持の伝説。



 堅持の伝説。そこまで読んでふっと手を下ろした。今日はもういいという気分になった。


「誰が書いたんだよ」


 うんざりとしていた。

 数あるシャークファイトのなかでも、父の回の再生回数は一番多く、それだけ内容が残虐で世間の目を引いたことが示される。それを揶揄しているのだ。

 右足を失いながら生還した父は今どこで何をしている。どうして家族に連絡1つよこさない。


 本当は死んでいるんじゃないのか。


 目をつぶると泥のような眠気が襲ってきた。それから夕飯まで寝た。




 その晩、夢を見た。父がサメに襲われるあの瞬間だ。

 メガロドンが下から父を飲んでいる。父は懸命に逃げようともがくが、叫びが散って血が空に舞った。海水は一面染まり、そのなかで潰れた顔の父が微笑んだ。


「涼太、水泳頑張りなさい」


 はっと息をつめて、目が覚めた。呼吸が荒い。天井の獣に見えるシミに月明かりが射している。スマホで確認すると3時だった。寝汗を掻いて心地悪い。タオルでふくと掛け布団の上に寝転がった。


(あんなもの探したからだろう)


 父の消息を求めてアクセスしたあのサイトの存在を思い出した。Freeじゃない。巨大掲示板でもない。もっと危険な場所だ。

 ふだん訪れもしないようなところだが、情報を探していきついた。


 逃さないようお気に入りに入れてある。


 すっと人差し指でスクロールして考えた。こんなことしない方がいい。でも、そうでもしないと警察はとり合ってくれない。

 スレタイをクリックする。


 黒い掲示板に赤文字で『デスゲーム参加者急募』とある。

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