2 捜査協力の申し出

――なんのデスゲームですか

――あの有名なヤツです

――名前は

――いえません、検索に引っかかっちゃいますから

――報酬はいくらですか

――出来高です。でも稼げます。

――オレ、参加したいんです。どうすればいいんですか。

――○×埠頭にきてください



「キミはこれをオレに見せてどうしたいんだ」


 スマートフォンの画面を見せられた浅井刑事は不快な顔をした。


「これに参加すれば、犯人を突き止めれらますよね」

「涼太くん、日本じゃ潜入捜査はできないんだ」


 隣のインテリが極めて深刻な顔でいった。


「知ってます。だから、オレが捜査協力するっていってるんです」


 それに浅井が反論した。


「シャークファイトのこととは限らない。ネットにはこの手の勧誘が数多存在するんだ」

「シャークファイトの確率の方が高いでしょう」


 刑事2人の狼狽が狭い部屋に拡散していく。


「キミは学生だ。巻きこむつもりはない」


 その言葉には間が少しあった。


「もう巻きこまれているんですよ」


 そういってスマートフォンを乱雑に置いた。事件に巻きこまれた本人はおろか、その家族だって世間から様々な好奇の目を向けられる。彼の生活がなにも変わらなかったとはいいにくいだろう。


「じゃあ、報告しましたから。オレ帰りますね」

「相手にするんじゃないよ、厳重注意だ」


 インテリの言葉をまともに聞いたか聞かないか、涼太は学生服姿で帰っていった。



       ◇



 会議室には大勢の刑事が詰めている。

 捜査の進展で海上犯罪と判明して以降、海上保安庁と警視庁の合同捜査本部が設置された。2つの組織が協力した事件というのはそんなにない。それだけ、シャークファイトが類を見ない重大犯罪ということだ。


 分析班の元にいくとパソコンを確認した。


「まだ、いるか」

「ええ、太平洋上から動きませんよ」


 衛星を逐一監視している。南アフリカでの事件にさかのぼって豆粒ほどの衛星画像を追い、フィリピン沖で見つけて以降、交代しながら見張り続けている。

 タンカー2隻は日本の領海を脱して太平洋のど真ん中で停止していた。


「もう犯罪はやめたのか」

「分かりませんね。音沙汰ないですから」

「うちはもう、準備できてますよ」


 そばに座っていた海上保安庁の刑事がペットボトルのキャップを閉めながら溌剌といった。


「タンカーやれるかい」

「ぶつけてみせますよ」


 ぶっと笑って、面白いよなあと首を傾げた。


 手元には矢代の写真がある。本名、鶴屋孝史、38歳。鮫島の証言通り、スタンフォード大学を16年前に卒業している。

 彼の身元はあろうことかフィリピン警察によって特定された。


 ジョセフ・カスティーヨはシャークファイト後に漁民仲間によって殺された。実行犯に殺害を依頼したのが矢代だった。喋らないという口約束だったが、捕まると実行犯はあっさり自白した。


 携帯は他人名義のもので特定できなかったが、近くの市場の監視カメラの画像から人となりが分かった。おそらく田舎だから防犯カメラが緩いと踏んでいたのだろう。

 この辺りにも計画の甘さが垣間見える。どう見ても場当たり的で、計画性もない。おそらく準備期間がなかったのだろう。あるいは。


「捕まることも見こんでるんだろうな」

「逃げ切る自信があると思ってもいいですよ」


 このインテリの見解には首をひねった。

 頭のいいやつだ、そんなに馬鹿じゃない。

 むしろすべて見越してのこと。たぶん捕まるまで走り切るつもりなんだろうな、と独りごちた。


 矢代は南アフリカの一連の件から1度日本に帰国している。そして空のルートからフィリピンに入国した。そこで犯罪を行った。すなわちフィリピン警察の管轄だ。

 ただ、矢代が追われているのは教唆罪について。それ以外のことではない。


 シャークファイトに関わるもろもろを解決するのはあくまで日本警察だ。


 座席をすっと立ちあがるとインテリがふり仰いだ。


「どこに行かれるんです。もうすぐ会議ですよ」

「便所。いちいち聞くなよ」


 そういってズボンに手を当てながらベルトに触れる。


「ベルトを外すのはトイレに着いてからにしてください」


 へいへいといって離席しようとしたとき、スマートフォンが鳴った。永山時子とある。被害者永山堅持の妻だ。


「もしもし」


 トーンを少し上げて、応対した。疲れきっていたが、被害者家族を無碍にはできない。


「浅井さん!」


 電話の向こうの声はひどく焦っていた。


「どうされました」


 神妙に眉を潜めて問い返すと時子は張りつめたようにこういった。


「涼太が……涼太が、いなくなったんです」


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