5 悪の胎動
「うそだろ、うそだろ。勝利さん」
石井は号泣しながらスマートフォンに呼びかけていた。動画が配信されたのはすでに一時間前。この映像が真実ならば、もう彼はこの世にいない。
彼の砕けた笑顔が浮かぶ。不器用な人だった。繊細な人だった。いい人だった。
動画の最後にナレーションが入る。聞いたこともないイヤに明るい男の声だった。
――今回は賞金獲得ならずでした。シャークファイトはいつでも勇敢なキミのチャレンジを待ってるよ。レッツシャークファイッ!
詳細はなにも表記されず、動画はすぐに終わる。暗転した画面には涙に濡れた双眸が映っていた。
「何でなんすか! これどこの番組ですか」
叫びを受け止めるものはない。バラエティの現場は静まりかえって、いつもは軽いノリのお笑い芸人ですら言葉を発せなくなっていた。
いの一番に知らせてくれたのは若い女性マネージャーだった。
神妙な顔で石井の肩を叩く。
「石井さん、調べたんですけどよく分からなくて」
「調べろよ、それくらい調べろよ!」
いつもなら決してわがままをいうタイプではないことをみな知っている。だからこその沈黙。泣きながらどうにもならないことくらい、本人も分かっていた。
動画再生回数はすでに50万回を越えて、それが時の経過とともに膨れ上がっていく。
「みんな見るなよ。こんなもの! 配信やめさせられないんすか」
「Freeだから……」
共演者の言葉に目を伏せた。重たい事実だった。今日はもう撮れそうになかった。
「ラジオあるから」
女性マネージャーの言葉に唇をかむ。この仕事がこんなに酷に思われたことはない。
石井はどんな時でも仕事は休むなと、故郷の父にいい聞かされていた。
「……すみませんでした。いきます」
リュックを背負い直すと鼻をぐずらせながら石井は現場を去った。
◇
高木勝利の最期の映像は世界中で話題となり、再生回数は1週間で1億回を越えた。裏で巨額の金が動いたことはおろか、どこで行われたかも、誰が取り仕切っていたのかも皆目分からず世間では様々な憶測を呼んだ。
ワイドショーでも彼の行方について調べる番組が後を絶たなかったが、映像は本物か、高木勝利は現地までどういう足跡をたどったのか。いったいどこで。
出国の有無についても激しく論じられた。
皮肉にも彼の人生が一番クローズアップされた瞬間だったといえるだろう。
やがてどんな海溝よりも深い闇に、彼の死は消えてゆく。
だが、タイミングを得たかのように、このひと月後、第二回シャークファイトの開催が告知される。
この喫緊の事態を受けて警察が動き始めていた。
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