2 水着
「今日は水着買いにきましたー。アガるよね」
「ハロー、レイチェルです!」
スマートフォンに向かって2人で話しかけながら、種々の水着を映す。ショッピングモールに出店されている水着専門店には流行りもののワンピースやらビキニの水着が並ぶ。
もちろん店長に許可取りしているから問題ない。フリーターのたしなみだ。
「今年はデザイン凝ったワンピースが流行るって聞いたけど、やっぱビキニだよね、紐パン? やだデブじゃん」
ショーツを腰元に当てて、肉づきが気になった。慌てて売り場に戻すと商品を掻き分ける。
「せんせー、選び方教えて」
レイチェルの言葉に応じて解説を始める。勉強も怠らない。あらかじめ、女性ファッション誌で仕入れた知識だ。
「例えばあ、胸ちっさい人とかはフリルタイプがいいよね」
胸元と腰回りがフリルになったグリーンの水着を手に取る。そんなに悪くない。
「梨乃はCカップだから出せるけど~」
「動画でサイズいうとか笑う」
「あ、コレ可愛いじゃん」
そいういって手に取ったのはデザインフリルの白い水着だった。
「姫系ね、いいじゃんこれ。清楚だよ」
「あたしもコレ買おうかな」
レイチェルは別デザインの黒を手にしている。胸元に金色のリングが入ったワンピースタイプだった。
「可愛いいじゃん、着てみようよ」
あれこれ試着して2人で会話しながら半時間。会計をすると、閉めのやりとりをした。
「メアリーさあ、コレ着てどこいくの」
「メアリーとかいうなよ。これFreeだから」
「いいじゃん別に」
爆笑しながらじゃれ合ったあと、梨乃はディスプレイの麦わら帽子を拝借して被った。降り注ぐ真夏の太陽をイメージして。
「いくよ、ほんとにいくかんね。ドバイ!」
撮影が終わるとフードコートで脱力気味に荷を下ろした。撮影は楽しかったが少し疲れた。出演のお礼にレイチェルにコーヒーフロートを奢る。自身も食べる。ダイエット中だが別腹だ。
「さっきのも編集すんの。できたら見せてよ」
フロートをかき混ぜながらレイチェルに問いかけられて、梨乃は首をふった。
「しないよ。編集したら怒られるもん」
「誰に」
「いえなーい」
「気になるよ」
「後のお楽しみだから」
「ふうん」
アイスとコーヒーが混ざり合って、ミルク色になる。梨乃はストローを指先でもて遊び、一気に吸うとこういった。
「それにさっきのライブ動画だから」
◇
『いくよ、ほんとにいくかんね。ドバイ!』
すでに流れてしまった動画を観て、鬼島は愕然とした。頭はあんまり良くないと思っていたが、予想以上の馬鹿だった。
「ざけんなよ。クソガキ」
予備のスマートフォンを取り出すと番号を打ちこんだ。
『もしもし~』
間延びした返事がある。
「佐久間梨乃さんですね」
『そうだけど』
「鬼島です」
『あっ、鬼島さーん。ちょっと待ってください』
キレるな、キレるなと自身にいい聞かせながらゆっくり伝える。
「先日、話したことをお分かりいただけなかったようで。シャークファイトのことは話さない規約です」
『あたし喋ってません、水着買いにいっただけで。シャークファイトのことは喋ってません』
「動画を流すなといいました」
『動画の編集の仕方が気になるんだと思って、データ加工せずにそのまま流したんです。そっちが誤解されるようないい方をしたんです』
苛立ち混じりに舌打ちした。
「お約束をお守りいただけないのでこの話は無かったことにさせて頂きます」
『えっ、うそ! 待ってごめんなさい』
もちろん、脅しだ。つかみかけた獲物を逃がすつもりなどない。だが、馬鹿なメスはこちらの腹の内など知らずに謝罪を続けた。
『悪かったなら謝ります! ごめんなさい。もうしません、ごめんなさい』
わざとらしく吐息をして、最後ですからねと通話を切った。
切った後に怒りを叩きつける。
「さっさと死ね!」
計画の綻びはこういうところから始まる。安全に進められているようで、真実はそうではない。
常に渓谷の綱渡りなのだ。
頭中にあるのは勝負を待望する観客たちのこと。生かされ続けているのは彼女らだけではない。おそらく自分も。
万感の思いに誘われて、鬱屈しそうになる。
シャークファイトはすでに裏社会を蹂躙しつつある。
(止めるか)
瞬刻、思考した。慎重に進めるならば選定をし直すという手もある。だが、腹いせに警察にリークされたら。中途半端に話を進めてしまったことを後悔した。頭の悪い佐久間は近親者にだってすでに話している可能性がある。
続けるべきか、作戦を練り直すべきか。
だが、幸いにもまだシャークファイトのことは世間に喋っていないようだ。そこは考慮すべき点である。
煙草に火をつけると神経を煙で満たした。
(危ない橋も渡り切れば、どうってことはないさ)
「鬼島さん」
声にふり向くと弟分がスマートフォンを差し出していた。
「繋がらないからって、連絡です」
受け取ると電話の向こうで怒鳴り声がする。矢代だった。もう顔など数カ月見ていないが、ずいぶん活きがいい。けだるげに電話に代わった。
「もしもし」
『てめえ、馬鹿か。りのりんちゃんねる観たぜ』
「それがなんだ。何がいいてえんだ」
『破綻するっていってんだよ。上からお冠食らうぜ』
「勘違いすんなよ、ガキはシャークファイトのことはこれっぽっちも話しちゃいねえじゃねえか」
『本気でいってんのか』
痛いところを鷲づかみにされた。自己弁護しようなんてどうかしている、自分でも思う。
「黙って静かに獲物がかかるのを待ってろ。こっちはもう進んでんだ」
『ちっ、いい気になりやがって。こっちの苦労もしらないで。下手打ってみろ。ぶっ殺すかんな』
矢代が吐き捨てて通話を切った。言葉の端々には続く海上生活へのフラストレーションがにじんでいた。
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