3 焦燥

 通話を終えた梨乃はベッドの上で胡坐をかいて、しばらく考えこんだ。

 あの鬼島のようすはただごとではない。運営側はそれほどに秘密を死守したいのか。

 なんのために。


「喋ってないよ。約束したじゃん」


 それでも疑われていることを感じている。これ以上は動画の更新をするなということだろう。あっとみんなを驚かす。世間で話題になれば、フォロワーも増える。軽い気持ちだったのに。

 そもそもコンタクトを取ってきたのは鬼島の方だった。どこであたしのことを調べたんだろう。


 次第に疑念が湧きあがる。シャークファイトとはなにか。いったいどこの海で。大人たちはなにをしている。

 意識が海溝に引き摺りこまれたような感覚に包まれた。


「止めようよ。大丈夫だもん」


 それなのに警鐘が止まない。これまでの人生色々あった。友達とケンカをしたり、彼氏と別れた時。煙草が先生に見つかって、停学を食らったとき。それでも今回は人生では訪れたことがないような局面を迎えている。


 強張った指先でスマートフォンを操作する。今朝、編集した動画をもう一度だけ開くとにらみつけた。

 りのりんちゃんねるはその夜、アカウントごと削除された。



       ◇



 りのりんちゃんねるは新たなアカウントを得て再開された。もちろん投稿しているのは佐久間梨乃本人ではない。


「みんな。梨乃だよ、見て、かわいいでしょ水着。前に買ったヤツ」


 白のデザインフリルのビキニでデッキチェアーに寝そべっている。遠くには低く沈んだ夕陽、汽笛が聞こえた。おそらくどこかの船の上だろう。


「学校さ、辞めてきちゃった。しばらく留学することになるから、行けないし。友達とね、会えなくなるのはつらいけどさ。あたし自活するって決めたじゃん」


 そういって自慢のボディを張った。小麦色の健康的な肌が夕陽に輝いている。


「ごめんね。ちょっと食傷気味。この言葉知ってたんだって思ったでしょ。お父さんが仕事でよくいってたんだ。たぶん急にいなくなってみんな心配してるけどさ……」




「佐久間さん!佐久間梨乃さん! 警察です」

「梨乃! 梨乃、返事して」


 浅井刑事と母親はけたたましくドアをノックした。

 返事はない。大家に解錠してもらうと部屋に踏みこんだ。


 ルームフレグランスのきつい、ピンクを基調とした女の子らしい部屋に、動画を撮影する設備が一式揃っている。白いエナメルの座卓の上にノートパソコンがあって、起動したままだった。


 Freeの投稿画面、これまでの被害者と状況が同じだった。

 浅井は血の気が静かに引いていくのを感じた。


「くそっ、遅かったか」


 一緒にやってきたレイチェルはむせび泣いた。学校を無断で休み続けていることに違和を感じて、警察に駆けこんだのが彼女だった。


「動画送ってきてからも普通に学校きてたし、みんなウソ告知やってるし。遊びだと思って」


 梨乃から送られてきた鬼島という男に言及した動画。編集したけどFreeで流すなと忠告されたから、万が一のために預けると送られてきたものだった。


「番号変えて黙ってるし。あたし馬鹿にしたから、キレられたと思ってつるむのやめたんです。そしたら急にいなくなるし」


 涙をぬぐい、懸命に警察に話す。母親も参っているようすだった。

 パソコンに触れると、動画を確認した。どこかの海で撮影されたものだろう。白い水着姿で夕陽に照らされている。


 この臨場感――


 浅井は口元を手で覆い、思考した。


「……生きているのか」


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