6 サメの楽園
「てんめえ、裏切りやがったな」
数分後にはインカムの向こうで猛りが聞こえた。常光だった。
「約束しただろうが、協力するってよお!」
争っているのが見える。水中でナイフを近距離の間合いでふりかざしている。
「1回くらいでいい気になってんじゃねえぞ! おっさん」
巻き舌で恫喝したのは久留米だった。
「ムカつくな、そういう慣れ切った態度。客にいるんだよ、お前みたいなクズがよ」
久留米がナイフを一閃のうちにふり抜くと相対していた男が腕を抑える仕草をした。
「どうすんだああ、肩を怪我しちまったじゃねえかああ」
遠目で分からないが、常光は負傷したようだった。
男が腕力で女を背中から押さえこむ。女は呼気を荒くして水中で暴れ回っている。
「サメがきちまうなああ、どうするよおお」
血の臭いに寄せられた3頭が周回の輪を縮めながら荒波を起こす。飛沫が気味悪く音を立て始めた。
サメがエッジを利かせて切りこんだ。斜めに暴発的にえぐる。殺意が迫った。
久留米は、肘を男のみぞおちに叩きこんですれすれにかわした。
「ぐぎゃああああああああ」
人の塊が血にまみれていく。常光だった。
「助けて、くれ。……てくれえええよおおおお……っ」
遠くの海原が血に染まり、やがて声も聞こえなくなった。水中には黒いダイビングスーツの切れ端と手脚が漂っている。
「なにこれ、血じゃん……」
久留米のうろたえる声が聞こえた。気付くと彼女もまた片腕を失っていた。
「きゃああ、きゃあああああいやあああああああ」
慟哭の叫びとともに久留米は別のサメに半身を喰われた。漂いながら逃げようとするも、肢体はやがて動かなくなる。
<ブレイ……<ブレイク、サメが一頭追加されます>>
音声が二重に重なってサメが2頭追加された。
5頭のサメが牢獄に放たれている。生き残ったのは目立たない人間ばかりだった。
しばらく様子見していたが、だれも動かない。みんな牢獄の角に身を潜めて、神経がすり切れるのを待っている。
すでに4人死んだ。気持ち悪さでどうにかなりそうだった。
「こういうのはどうだろう」
緊張のなかに西村の声が聞こえた。しばらく応じるものはなかったが。
「いってみてください」
間を置いて応じたのは倉田だった。
「残りは僕、倉田さん、涼太くん、大崎さん、山本さん、甲斐田さんの6人だ。チームを3つに分けようじゃないか」
「悪趣味ですよ。みんな殺し合うんです」
簡素に切り捨てたのは倉田だった。
「それでも1人1人がやるより格段にいいとは思えないだろうか。1人じゃ怖いよね」
「なら、わたしは永山さんと組みます」
倉田が即答した。
「どうしてだい」
「一番信用できます」
それからインカムの向こうで話し合う声が聞こえていた。西村は主婦の甲斐田と組んだ。
西村と甲斐田組は即座に涼太の元にやってきた。2人で上下に展開して応対しようとしたが、西村たちは小柄な倉田1人を取り囲んだ。すぐさま助けに入ろうとしたら、サメが突如襲ってきた。
カラクリに気づく。西村は腕を怪我していた。
「血がでてますよ」
倉田が問いかけた。それに西村が応える。
「自分で切ったんだ。サメをおびき寄せるためにね」
そういうと倉田を力づくで押さえこんだ。
「やめっ……放せ!」
力の限り涼太は西村の頬をぶん殴った。だが、水中で体重に乗せた攻撃が伝わらない。甲斐田と2人で倉田をパイプの床に押さつけて彼女の右手首に体重をかけるとはたく。
「あっ」
倉田の武器がパイプをすり抜け落ちてゆく。拾おうと手を伸ばした無防備な倉田の首を掻き切った。
「やっ」
首に手を当てたが吹きまける。周囲が血で濁った。
大量の血に反応して、サメが上方からダイブする。そのまま勢いよく倉田の上半身を飲みこんだ。血が暴発した。
「ちっ」
涼太はその場を仕方なく離れた。西村も甲斐田とともに追ってきた。
「女の子を2人で襲うなんてなに考えてる」
そうするとマスクの奥の目を丸くして西村はけらけらと笑った。
「関係ないさ。シャークファイトだからね」
西村の様子がこれまでと変じる。闇にすくう亡霊のような目をしていた。あの怯えのかげりもない。嘘のようだった。
涼太は静かに目を見た。大穴のように窪んでいる。
「君島に聞いているだろう。心臓病の話は嘘だって」
「信じてなかったですよ」
キミは面白いねと笑った。
「教えてあげよう。僕の借金額を」
男は呪いのような言葉を紡いだ。
「10億円だよ。シャークファイトに参加しても足りないんだ」
涼太は言葉を失った。
「僕は借金を完済するために参加した。それでも足りない。無情と思うだろう」
唇を噛む。次元が違いすぎる。
「でも世の中は実際そのような無情で回り続けている」
ナイフを持って突いてきた。それを交わす。だが、追撃は止まない。
「キミのお父さんも右足を失って、参加したほとんどが喰われて、離婚だけじゃ済まなくなったものがいて」
背後を甲斐田に抑え込まれる。太った肉感を背に感じた。
「面白いだろう、シャークファイトは!」
そう叫んで涼太のダイビングスーツを切った。
(しまっ……)
腕に強い痛みが走る。
濃く血が漂った。深く切られたらしい。
甲斐田と西村は速やかにその場を離れていった。
海中に漂いながら、西村は空を見た。光芒が注いでいる。つかむように手を伸ばす。
「見えるかい。ああ、サメの楽園だ」
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