5 ゲーム開始
太平洋のど真ん中に2隻のタンカーは浮いていた。
仕切りのない大きな檻があって、べらぼうにデカい。なんらかのサメが1頭すでに泳いでいる。
周囲には牢獄を取り囲むようにクルーズ船がいくつも旋回していた。
「あれは」
久留米が問いかけるとスタッフが説明した。
「サメをけん引しているんです。泳がせないと死んでしまいますので」
全部で9隻ある。犠牲になる人数分だけ用意しているのだろう。
ダイビングスーツの上に酸素ボンベを背負った。練習で渡されたコンバットナイフだけをにぎりしめて始まりの時を待っている。
その時。
「ひっ、何をするんだ!」
首筋に刃先を当てて、金髪ウェーブ男がスタッフを空いていたところから海のなかへ突き落した。
水面が爆発したように飛沫をあげる。
「ぎゃあああああああああ」
牢獄が一瞬で赤に染まった。金髪ウェーブ男は肩腹可笑しそうに笑っていた。周囲のスタッフが警戒を強くした。
「試しに切っちゃいけねえなんて、いわれてねえよな」
不気味な笑いが伸びていく。
「ほら、鳴らさねえか。『ブレイク、サメガイットーウツイカサレマス』ってな」
下卑た、男のこの行為によって中型艇は異様な空気に包まれた。
みんなの準備が整うと分散させるように水中に降ろされていく。檻の側面にある最寄りの入り口を解錠して順に入っていた。
心臓は浮き立っていた。緊張するなということの方が難しい。サメがいるのだ。獲物を吟味するように回遊している。海は遠くの姿が確認できるほど澄んでいた。
インカムに雑音が聞こえた。矢代だった。
<ゲーム時間は無制限です。最後の1人になるまで続けます>
そしてサイレンのような汽笛がなった。
<ゲームを初めてください>
矢代の宣告後、海は静かになった。
ゲーム開始直後。
「ぎゃああああああああああ」
けたたましい叫びがあがった。金髪ウェーブ男だった。
AI音声が聞こえた。
<ブレイク、サメが1頭追加されます>
「誰よ、誰がやったのよ!」
焦る久留米の声が聞こえた。
「あいつはあぶないと思って、先に船を降りるときに少し切りつけておいたんだ」
「ナイス!」
常光だ。互いの会話が丸聞こえだ。
「サメが1頭追加されるぞ、気をつけろ」
誰かが注意喚起する。檻の側面が開いて、サメの姿が見える。幸い涼太のところからは遠かった。
「常光さん、次どうする」
密かな久留米の声がする。
「まずは君島を狩ろう。あいつは危険だ」
「なっ、ふざけんなよ! てめえらっ」
君島が泳いで逃げまわるのが遠目に見えている。それを回りこんで背後から痩身の男が押さえこむと女がナイフで首を切りつけた。2人は即座に離れる。
サメが2頭まとめてやってくる。君島は泳ぎが得意ではないらしく四方に逃げ惑っている。
「はあ、はあっ、はあっ………助け、助け溺れ…ぎゃああああああああ」
冷たい音声が鳴った。
<ブレイク、サメが一頭追加されます>
涼太は耐えがたく目を閉じた。
AI音声がまだ余韻を引いている。身ぶるいが止まらない。息をすることすら苦しい。
誰かが誰かと共闘して落としめる、命を犠牲に生き永らえる。でも、いずれはソイツらも殺し合う。
「涼太くん」
呼ばれている。西村の声だった。
「協力しないか?」
◇
海上保安庁の巡視艇はすでに領海を出て、太平洋を縦断していた。衛星画像でタンカーの位置はつかんでいる。でも、時間がない。快速でも間に合わない。
「っくそ」
浅井は床を蹴った。早くも2人が失われた。開始して10分も経っていないというのに。
テロップで名前が表示されて参加者の身元はつかんでいる。みんなろくでもないやつだが、それでも生きている。
「生きているんだぞ!」
だんっと机を打った。
「浅井さん。まだ涼太くん大丈夫ですから」
ちっと舌打ちした。
「ほんとうにぶつけてくれるんだろうな!」
すると艦長が反論した。
「無茶いわないでくださいよ。相手はタンカーです」
その言葉に、はっと呼吸を吐く。気持ちが急いている。焦ってもどうにもならないことだと分かっていながら。
唇をかんだ。
「そそのかされるなよ、涼太くん」
◇
「協力?」
涼太は西村に問い返した。
「うん」
涼太はちょっと考えた。常光や久留米の様子を見ていると明らかに共闘した方が有利にことを進められる。例えば追いつめられるような局面になっても、片方が助けに入れば有利に進むだろう。だが。
「西村さんがオレを襲わないという保証はあるんですか」
その言葉に呼吸を飲みこんだ音が聞こえた。
「約束するよ。僕はキミと最後の2人になるまでキミを襲わない」
「……信用。……できません」
そう、西村は嘘をついていた男だ。自分を使い捨てにすることくらい計算に入れてある。共闘すれば、きっと油断が生まれる。そこに未来はない。
「残念だな。そう、でも考えといて」
それだけいうと西村はなにもいわなくなった。
涼太は身を隠すように檻の角へ向かった。それを見て動いたものがいる。背の低いツインテールのオタクの少女だ。19歳。名前は倉田といっていた。ごく物静かな人物で、中型艇でも2、3度しか話していない。
自分同様に反対の方角の角に移動するとなにも動作をしないまま、静かにやり過ごしている。
「あの、永山さん」
声が聞こえた。倉田だ。こちらに語りかけている。
「角でやり過ごす作戦ですよね。マネさせてもらいます」
どう話したものか考えていると彼女は言葉を継いだ。
「それに今いかないほうが絶対良いですよね。これから殺し合いが始まります」
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