4 疑心暗鬼
「このゲームの賞金は5億円。この中で持ち帰るのは1人だけです」
そういって強面のスタッフが小型ナイフを配り始めた。涼太も受け取った。
「これで今から殺し合えっていうんじゃないだろうな」
君島が毒づいた。
「いいえ、少し違います」
「まさか、これでサメを狩れっていうんじゃ」
最後にあったシャークファイトの光景を思い出す。動画のなかの青年はたしかにサメを悠々と狩っていた。
「一番の多く狩ったものに賞金を渡すってか」
「できるはずないじゃん、わたしたちサメと闘うなんて。あんなの無理よ」
いいえ、と矢代が首をふった。
「狩るのは人間です」
「殺し合いじゃないけど、人間を狩れ。意味が分からねえな」
君島が立てついた。
「今回は回廊は1つもありません。100メートル×200メートルの檻の外枠だけです。そこにみなさんで入ってもらいます」
そして、といって矢代は指を立てた。
「相対するサメは1頭のみです」
みんなが一瞬息をのんだ。
「楽勝じゃん……」
女の吐息がこぼれた。いいえ、と矢代が否定した。
「ただし、サメは参加メンバーが1人失われるたびに1頭ずつ増えていきます」
<ブレイク、サメが1頭追加されました>
突然のAI音声に身を凍らせる。女の声で固く喋った。矢代の持っていたレコーダーから発されたのだ。
「人が1人死ぬとこのアナウンスを流します。流れるとサメが1頭追加される仕組みです」
そういって矢代は自身の持っていたナイフで指をすっと切った。血が伝う。イヤな予感が涼太のなかにこみあげる。
「このナイフでチャレンジャー同士争ってもらいます」
「人間を狩るってそういうことか!」
発奮したように君島がいった。
「そう。相手を負傷させて怪我をした人間をサメに襲わせてください」
みんな震えた。
「どこまでクズなんだ」
「このゲームに乗ろうと思ったあなたたちもクズです」
ごくりと誰かの唾を飲みこむ音が聞こえた。
「最後の1人になるまでやってもらいます。残ったその方に賞金5億円、全額をお渡しします」
そういって矢代はアタッシュケースを見せた。札束がぎっしりと詰まっていた。
「マジかよ」
ビジネスマン風の男がいった。おそらく30代後半だろう、常光という。
「すんませーん」
後ろで足を組んで聞いていのは年齢不詳の金髪男だ。自己紹介をしていないから働いているのかもよく分からない。
「今どうしてこのナイフを渡したんすか。まさかゲーム前に殺すのもアリってんじゃないでしょうね」
「訓練のためにお配りしました。扱い方をしっかり練習しておいてください。ただし、この船で殺し合うのはご法度です。殺しが発覚した瞬間に船から下ろさせていただきます」
「良かったな、命拾いしたなあお前らよお」
そう恫喝してベンチを蹴ると金髪男は甲板を離れていった。
『到着まで1週間あります。その間はご自由に過ごしてください』
映像のなかの矢代は確かにそういった。
「くそっ、どこまでふざけてやがる!」
浅井は巡視艇の操舵室で悔しく地団太踏んだ。すでに東京を出港している。現在Freeでは参加者の様相がライブ中継されている。当事者である彼らはその事実をまだ知らないだろう。
「どこの船だ、永山涼太はまだ生きてるんだな」
「きっとあの後、組織と接触したんですよ」
母親の届け出は涼太がいなくなった翌日のことだった。そのタイムラグがある。
「飛ばせば間に合うか」
「巡視艇にそんな速度出ませんよ」
「浅井さん、落ち着いてください」
「生きてんだぞ! 流暢なこといってられるか」
「領海を出ます」
浅井はくそっと吐き捨てると操舵室のガラス窓の先の海をにらみつけた。
◇
ルール説明以降、最初は慣れあっていた参加者も散り散りになった。会話を止めて黙々とナイフに触れている。
涼太はナイフの柄に触れて、じっと刃先を見つめていた。武器情報誌で見たことがある、たぶんコンバットナイフというやつだ。
細身だが、手になじむような重さがあり、女の面のように整っている。これで人を切るのかと思うと多少陰鬱な気持ちになった。
「涼太くん」
声にふり向くと西村がいた。彼は怯えるようにナイフを抱いている。はたに腰かけると徒然と愚痴をこぼした。
「やっぱり僕は不安だよ。ナイフで人を傷つけろだなんて」
そうだろうなと思う。日常的に人を害する人間でなければ大抵は尻ごみする。涼太とて大人しくしているが、内心は穏やかではない。
「やらないと死んじゃうんですよ」
「そうだね、分かってる」
西村はなにかいいたそうにもじもじとしていた。
「なにかあるんじゃないですか」
彼は思い詰めた顔をしていた。
「ギャンブルで借金なんて嘘なんだ」
沈んだ顔を見せる。西村は耳を疑うような身の上話を始めた。
心臓病の娘がいて、その移植手術のために法外な金が要るということ。娘は歳をとってようやく出来た娘だということを。
涼太は返す言葉もなくて吐息した。
「それをオレに話してどうしたいんですか」
一瞬、西村は固まった。
「あっ、いや。その」
「協力はできません。オレにだって事情があるんです」
本当のところはそこだったのだろう。強く突っぱねると西村は切なそうに去っていった。頼りなさそうな背に悪いとは思う。でもこちらだって譲れない事情がある。
その後すぐ男がきた。サラリーマン風の男、常光だった。
「キミ、西村の話を聞いたんだろう。アレは全部嘘さ」
「えっ」
「みんなに娘が心臓病でって話しまわってるけど、あのおっさん時々いきつけのパチンコで見るんだ。よく負けてる。実際は借金まみれだよ」
そう、なんだ、と驚きの表情を見せると常光が笑った。
「ああ、違うよ。オレはギャンブルなんかじゃない。住宅ローンだ。嫁に稼いでこいっていわれてね。鬼嫁だろう」
砕けた会話にふっと笑いが漏れた。常光が握手を求めて手を差し出した。
「常光京介。まあ、仲良くしようや」
それからサメに関する色々な話をして、互いに学んだ習性だとか、ゲーム攻略の道筋も話しあった。常光は軽快によくしゃべる。本人も営業職の性分だといっていた。
最後に常光は「お互いに頑張ろうな」とそういって去っていった。
入れ代わりに派手な女がやってきた。これには多少身を引いた。名前は久留米という。
「ねえ、煙草もってない」
聞かれて頭のなかで多少馬鹿にした。学生がもってるはずないだろう。
「ああ、切れたからイライラしてんの」
そういって指で吸う仕草をしている。中毒者かと勘繰った。
「こんなに遠いと思わなかったよね。あんた本当は歳いくつなの」
「17歳です」
「17歳のときはあたし子育てしてたよ」
女はやっぱり20歳そこそこにしか見えない。
離婚歴があり、別れた旦那に娘の親権をとられたこと。今は独り身で、キャバクラで働いていることを語った。
娘の名前は樹菜という。あいつの実家から奪い返したいから金が必要なのだと悔しそうに語った。彼女の話は本人の印象そのままに、どこか凸凹としていた。
「話聞いてくれてありがとう。また話そうよ」
そう愛想よく去っていく。粗雑だが、率直。見た目ほどにイヤな人間じゃない。
立て続けに人が訪問して去った。ようやく1人になれた、とベンチに横になろうとしたら、どんっと君島がそばの青いベンチに腰かけた。初日に涼太の足を蹴ろうとした嫌味な男だ。
「人気あんなあ、坊主」
その言葉に怪訝な表情を向けた。含みのある言葉だと思ったからだ。
「どういう意味です」
「みんな懐柔しようとしてんだよ」
「懐柔?」
心穏やかじゃなかった。なにをいっているのだろう。顔をにらみつけると君島は口角を吊りあげて、海の果てを見た。変わらない景色のなかに得もいわれぬ不安が押し寄せた。
まだ日は暮れていなかった。
「気をつけろ、坊主。全員嘘をついている」
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